立上った。ポケットから長方形の缶を出し、その中へパイプを収《しま》った。
「大寺君」
「はあ」
警部は、うれしそうに返事をして、検事の顔をみつめた。
「死因不明としておいて、その外にもっと調べることが残っているから、その方を先に片づけて行こうじゃないか」
「はあ」
警部は当て外れがしたというような顔になって、
「私の方はもう殆んど全部、捜査を終ったんですが、検事さんの方でまだお検べになることがあればお手伝いいたします」
「それならば力を貸してもらいたいが……あの鼠の死骸だが、あれは君がこの邸へ来たときに既に死んでいたのかね」
検事は大股で、部屋を横切って、洗面器のあるカーテンの方へ歩いていった。
「はあ。鼠でございますか……」
大寺警部は狼狽の色を隠し切れなかった。そして検事の後を追いかけた。
帆村は、検事と警部のために黙ってカーテンを明けてやった。
「ああ、鼠が死んでいる。検事さん。私はどぶ鼠など問題にしている暇がなかったんですが、やっぱり問題にすべきでしょうか」
警部は弁明にどもりながら、ちらりと帆村へ険しい一瞥をなげつけた。
「そう。事件捜査に当る者は、一応現場附近に於けるあらゆる事物に深い目を向けてみるべきだと思うね。殊に、その事物が尋常でないときには、特に念入りに観察すべきだな」
「はあ。どぶ鼠が死んでいるということは、尋常ではありませんですかな。すると、犯人はそのどぶ鼠を狙い撃ったのですかな。そうなると、犯人は射撃の名手だということになりますね。……おやおや、このどぶ鼠は、どこにも弾丸をくらっていませんですよ」
警部は、紐を鼠の首へかけて結び、穴から引張り出して一瞥したが、早速鼠の狙撃説をくつがえした。尤も鼠の狙撃説は、彼自らがいい出したことであったが――。
「まあ、そうだろうね」
と検事は苦笑して、それから頤を帆村の方へ振った。
「そこに居る帆村君が、その鼠を欲しがっているようだから、氏に進呈したまえ」
「ははあ」
警部は、わざとらしく愕いて帆村の面上へ目を据えた。それから死んだ鼠を、うやうやしく帆村の方へ差出した。
「ありがとう。じゃあお預りします」
と、帆村はその真面目な顔で、警部の手から、鼠の身体を吊り下げている紐を受取った。
「帆村君。何か分ったら、一応それをわれわれに報告する義務はあるわけだよ」
検事は、鼠の死骸について
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