方でも、とくにそのことを感付いていて、告白書が兄の手に渡るや否や、あとは大風が自分の方へ向って吹きまくるであろうこと、そして多分自分は放逐されるだろうと先の見透しをつけた。そしてそれなら一層のことにと、兄鶴彌を殺害する意志をかため、その計画に移ったのである。そしてあの告白書を返してやると同時に、その場で兄を地獄に追いやることを考えつき、これこそ一石二鳥であるわいとほくそ笑んだのであった。彼は御丁寧にも死者を後でピストルで撃ち、そのときに殺害したものと思わせ、犯人容疑者まで用意したのだった。
尚、毒瓦斯ケリヤムグインは、鶴彌を斃した後、通気孔や窓の隙間から自然に外へ出て行き、稀薄となっていった。そして約一時間半後、亀之介がクラブを脱出して帰邸し、庭から窓をあけたときには、毒瓦斯はもう致死濃度ではなかったのである。
序《ついで》に記しておくが、鶴彌と亀之介は兄弟であるが、母親を異にしていた。二人の母親同士は、生きている間、互いに激しく睨み合ったもので、このことについてもすこぶる怪奇事件がまといついているので[#「いるので」は底本では「あるので」]あるが、それは本件に関係がないので、ここには述べない。
さて、右のとおりの事情が判明して、事件の筋は明瞭となったのではあるが、亀之介は係官を最後まで手こずらせた。殊に亀之介が、鶴彌の遺産を狙うものではないことを強く主張して、係官をまごつかせた。このことは、まだ犯人の判明しない捜査の最初の頃、亀之介が自供したところでもあるが、鶴彌の遺産は、彼亀之介が継ぐのではなくして、鶴彌には庶子伊戸子というのがあり、それが継ぐのだと申立て、自分が鶴彌を殺して遺産を狙ったものではないと反発した。
そこで戸籍しらべとなったが、鶴彌の書斎から出て来た戸籍謄本を見ると、なるほど伊戸子という庶子の名があった。彼女は十歳であった。そこで亀之介が遺産相続を狙ったものではないことが認められた。だがどうもおかしいので、なおも続いて戸籍調査をしてみたところ、その庶子の伊戸子という娘は、その生母ともろともに、戦災で死んだことが判った。だから今となっては、鶴彌の遺産は弟亀之介が継ぐ順序になっていたのである。亀之介が一所懸命にお道具立てした最後の欺瞞も、とうとうこれで化の皮を剥がされてしまった。これで事件に関することは大体述べ終ったように思う。
帆村は、ようや
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