く友人の土居記者に会わす顔があった。それにしても帆村の殊勲であるところの、例の灰皿の上の黒ずんだ灰に目をつけた一事は後で大いに検事からほめられたが、そのとき帆村は、
「いや、違うのです、違うのです」
 と強く打消した。そしてこんな打明け話をして一同を失笑させた。
「もし殊勲者がありとすれば、それはうちの事務所の助手八雲千鳥嬢ですよ。事件捜査中あれが『先生がお残しになった灰皿の中の紙の焼け灰から、先生がそこにいらっしゃることが分ったんです。なぜってその焼け灰の上に、鉛筆でお書きになった先生の御伝言が光っていましたから、それを読んでみると、先生がそこへ行っていらっしゃることが分ったんです――』八雲嬢はそういったんです。実は僕が事務所を出るとき、八雲君はまだ出勤して居らず、そこで伝言書を鉛筆で書いたんですが、どこまであのお嬢さんが気がつくかと思い、僕はそれをわざと火をつけて灰にし、僕の机の灰皿の上にそっと載せておいたのです。ところが八雲嬢は見事にそれを見つけて判読したというわけです。――僕は感心のあまり、灰皿の中の黒ずんだ灰に強い印象を植えつけられ、さてこそ例の小卓子の上の灰皿の中にある黒ずんだ灰を見たとき、ひどく注意をひきつけられたんです。それから後はご存じのとおりで、黒い灰から犯人にまで続いている糸を手ぐるようなことになったんです。ですから八雲嬢のお手柄から出発しているんですよ。僕じゃありません」
 帆村はそういい張った。そこで検事たちも強いてそれを帆村と争おうとはせず、そのかわりそのうち土曜日の午後にでも甘いお菓子の折を一同がぶら下げて帆村探偵事務所を訪問し、名助手八雲千鳥嬢に親しく拝顔の栄を得ようということに、一同、相談がまとまった。



底本:「海野十三全集 第11巻 四次元漂流」三一書房
   1988(昭和63)年12月15日第1版第1刷発行
初出:「自警」
   1947(昭和22)年1月〜1948(昭和23)年1月(5、6、11月は欠)
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:tatsuki
校正:kazuishi
2005年12月3日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、
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