東が缶詰仕上げをやったに相違ないことが明白となった。もちろん彼は、缶詰の中にそんな恐ろしいものが入っているとは知らなかったという。ただ亀之介からいわれた通りに蓋をつけて熔接したのだという。彼は亀之介からしばしば麻薬を受取っているので、頼まれたことはしないわけにはいかなかったのだという。
 その缶詰をこしらえあげたところへ、偶然本郷末子が入って来て、その缶詰を手に取上げようとしたので、井東はあわてて彼女の手を抑えたという。だからお末の指紋は、このときについたと分った。
 亀之介は、お末がここに勤めていることを知っていたので、常に警戒して、お末と顔を合わさないようにしていた。問題の缶詰を封入した日も、彼はお末が入って来たと知ると、急いで部屋から逃げだした。お末の方は亀之介がこんなところに来ているなどとは夢にも思わないから、亀之介が反対の扉から出て行く姿をちらと見ても、それが亀之介だとは悟らなかったのだ。それにお末は、前にもいったように、ひどい近眼だった。亀之介は、こうして鶴彌の告白書の入った缶詰を用意し終ると、それを共謀者の手を通じて兄鶴彌に送ったのである。
 それより前亀之介は変名して、たびたび兄を脅迫し、その告白書を五十万円で買取らないかと持ちかけたのであった。これには彼亀之介の共謀者が、しばしば鶴彌に会ったが、亀之介は最後まで自分を隠しおおせたつもりであった。ところが鶴彌の方は、途中から気がついた。殊にその告白書を握っている人物が戦災で死に、もう大丈夫と思っていたところが、それが出て来たところから、これはてっきり土井の遺族が一緒に策動しているものと睨み、そこで彼は土居三津子を呼びこんで、いろいろな方面から脅迫を試みていたところだった。三津子は、その告白書を見たことがあり、そしてそれは亀之介が立合っていたことを鶴彌に洩したものだから、鶴彌はこれに弟が関係していることを感付いたらしい。
 しかし鶴彌にとっては、あの告白書が非常に重大であるので、何を措いても先ずあれを取返そうとしてかかった。彼は五十万円を共謀者に渡した。それに替って、あの恐ろしき「地獄の使者」であるところの缶詰が、彼に手渡されたのである。彼は大安堵をして、告白書を焼却したその直後に殺されてしまったのだ。
 彼の考えでは、その告白書の処置をつけた上で、全面的に弟亀之介を痛めつけるつもりでいたのだ。亀之介の
前へ 次へ
全79ページ中76ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング