んと椅子からとび上って、こっちへ急ぎ足でやって来た。検事と警部はびっくりした。
「われわれはうっかりしていましたよ。こんなところにぐずぐずしている場合ではなかったです」
 帆村は気色ばんで、大声でいった。
「どうしたんだ、君……」
「お末をこの前調べましたね。あの時お末がここでお手伝いをしているかたわら、夜は河田町のミヤコ缶詰工場の検査場で働いていると自供したじゃありませんか」
「おお、そうだった」
 検事は呻った。あの調べのときは、お末をも問題視せず、またお末が缶詰工場で働いていることも、彼女がたいへんによく働く人間だと思った外に、別に気に留めなかった。だが今となっては、帆村の指摘する通り、彼女の勤め先が「缶詰工場」であることは非常に重大なる意義があるのだ。
「だから、佐々さんだけに委しておけませんよ。これからすぐにわれわれも出かけましょう。まずお末さんのアパートへ行って家宅捜索をした上で、河田町のミヤコ缶詰工場へ廻ったがいいと思います。きっと何か掴めると思いますねえ」
「そうだ。大寺君。われわれ一同は、すぐ出掛けよう」
「いいでしょう。――で、やっぱり問題の缶詰の中に毒瓦斯がつめてあったという推定で捜査を進めるのですね」
「あ、そのことだが……」
 と帆村が手をあげて抑えた。
「その缶詰の中に毒瓦斯そのものを詰めてあったとは考えられません。もし詰めてあった[#「詰めてあった」は底本では「詰めたあった」]ものなら、缶詰の缶のどこかに、少くとも二つの穴があけられていて、その穴[#「その穴」は底本では「あの穴」]はハンダづけがしてあるはずです。そうしないと、瓦斯をこの中へ送りこむことができないのです。しかしこの缶詰は、ごらんになる通り、穴をあけた形跡がなく、缶の壁は綺麗です。ですから、この缶の中に毒瓦斯そのものが詰めてあったとは考えられないのです」
「なあんだ君は……。君は自分で毒瓦斯説を提唱しておいて、こんどは自分からそれをぶち壊すのかい。それじゃ世話がないや」
 検事は笑った。
「いや、しかし早く本当のことを説明しておかないと、大寺警部の如き真面目で真剣なる方々から後できつく恨まれますからね」
「じゃあどうするんです。缶詰追及をやるんですか、それともそれは取りやめですか」
 警部はいらいらしながら訊いた。
「行くんだ。さあ出掛けよう」
 長谷戸検事は椅子から立上っ
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