た。帆村もメモをしまって、出掛ける用意をした。
「さあ参りましょう。なんといっても、あの缶詰を追って行けば、この事件はきっと解けるにきまっているんですから……」
帆村はいつになく広言した。一同は、どたどたとこの部屋から出ていった。それから賑やかさは玄関に移った。三台の自動車が、次々に白いガソリンの排気をまき散らしながら、通りへ走り出していった。そして邸内は急に静かになってしまった。
意外な行動
そのころ佐々部長刑事は、旭町のアパート本郷末子の部屋で、夥しい収穫に自ら昂奮していた。というわけは、彼女の部屋から多数の缶詰や空き缶を発見したのであった。そしてどの缶詰も、ふちのところに赤い細い線が入っていた。この線は、素人にはちょっと気がつかないが、専門家にはすぐ目に立つものだった。これは偽造品と区別するためのミヤコ缶詰会社の隠し符号であったわけである。これだけの夥しい缶詰を押収してしまえば、その中にきっと問題の缶詰の兄弟分も交っていることであろう、そしてお手伝いお末が、有力なる殺人容疑者としてフットライトを浴びることになろう――と佐々部長刑事は気をよくしていた。そこへ長谷戸検事たちの一行を乗せた自動車が到着した。佐々は、一行が部屋へ入って来たので、びっくりした。しかし彼はすぐ了解した。そうだ、ここが殺人容疑者の本舞台なんだから、検事一行がここへ移動して来るのはあたり前だと気がついた。
「この通りです。どの缶にも、赤線の符牒がついていますよ。おどろきましたね」
佐々は、部屋の真中に山のように積みあげた缶詰を指さした。検事は大寺警部に目配せして、それらの缶詰を調べにかかった、指紋をつぶさないように気をつけながら……。
「無いね。無いじゃないか」
検事は失望していった。
「無いですね。どの缶詰も重いですね。軽いやつは一つもないですね」
警部も失望の態である。
「空き缶の方はどうだろうか。中が洗ったように綺麗なのがあるかい」
こんどは空き缶探しにうつった。だがそれも失望を強めたに過ぎなかった。
問題の空き缶のように中の綺麗な缶は一つもなかった。
「この上は、お末をここへ引張って来て、訊問するんですな」
「うん」
と検事は考えていたが、
「それは後でもいいと思う。それよりは次のミヤコ缶詰工場へ行こう。あそこへ行けば、問題の空き缶についていた未詳の指紋の主が
前へ
次へ
全79ページ中70ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング