メートルのところであった。見事に拡がった主傘は無印であった。只、緑の煙が、すーっと後を曳いたので、
「あ、やっぱり、そうか。久慈たちだな」
と、気がついた。
落下傘は規則正しく、わがクロクロ島上に落下した。と同時に、主傘はたちまち焔と化し、一瞬に燃え尽きた。久慈たちは、まるで台の上から飛び下りたように、ふんわりと島の上に立った。
怪力線砲《かいりきせんほう》――壮絶《そうぜつ》燃える六十機
「おお、久慈か。よく、脱出できたね」
「や、ありがとう」
飛行服に身を固めた久慈は、いそぎ私に近づき感激の握手をした。
「もういけないかと思った。なにしろ、戦友が、ばたりばたりとやられるのだ……でも、集るだけは集って、抵抗した。そして、皆で智慧をしぼって試験中の成層圏飛行機で、とびだしたものだ」
「ほう、成層圏飛行機! それじゃ、たいへん高空へ逃げたというわけだな」
「エスエス一〇三型という奴で、こいつがまた素晴らしい高速を出す試験中の飛行機なんだ。だから、これを追跡できる飛行機は、外にはないというわけだ。――そしてクロクロ島の緯度《いど》経度《けいど》を測って、うまく飛び下りた」
「すると、何者にも、追跡せられていないというのだね」
「そうだ。まず、九割九分まで、大丈夫だ」
「乗ってた飛行機は、どうした」
「ああ、あれか。あれは、操縦者なしで、いまだにどんどん飛行をつづけているだろうよ。そのうち、どこかの海へ墜ちてわからなくなるだろう」
「それはよかった。実は昨日、君のところからの通信以来、このクロクロ島も、すこし安心ならなくなった形だ」
と、私がいえば、
「そんなことは、ないだろう。これほど高性能をもったクロクロ島が、敵のためにやっつけられてたまるものか」
久慈も、かつて、このクロクロ島設計集団の一員だったことがある。だから彼は、クロクロ島に対する信仰が篤《あつ》かった。
「そうか。追跡している者がないと決ったら、まあ、下へ下りて休憩したまえ。食料も豊富だ。酒もある……」
と、私がいっているとき、オルガ姫の声が、するどく響いた。
「超攻撃機六十機編隊が、北北東より、こっちへ来ます、高度四千五百……」
私は、それをきいて、どきっとした。久慈の顔を見ると、彼も色を失っている。
「や、やっぱり、後をつけてきやがったか! 畜生!」
「仕方がない。戦闘だ! 手荒なことはしたくないがクロクロ島の秘密を知られては、面倒《めんどう》だ。さあ、君たちいそいで、そこの階段を下りたまえ」
私は、脱出してきた久慈の一行を、いそいで下に下ろした。
そして私は、籐椅子をもって、下に下りていった。
「潜水始め、深度十メートル」
私は、オルガ姫に、命令を伝えた。
姫はあざやかに、並ぶスイッチを間違いなく入れた。
掩蓋《えんがい》兼防水扉は、直ちに、閉った。そして深度計の指針は、もう右へ傾き出した。
壁のテレビジョンの幕面には、すでに、追跡中の超攻撃機編隊が、うつっている。その画面の左右には、しきりに数字が消えては、また現われた。距離と高度とが、忙しく、示されているのであった。
久慈は、心配げに、私の傍に、ぴったり体をつけていた。
「怪力線砲で、やっつけるだろうね。もう撃ってもいい頃じゃないか。ぐずぐずしていると、間に合わない」
と、久慈は、やきもきしている。
「いや、まだ早い。こいつらを一挙に墜落させないと、都合がわるいのだ。もし一機でも二機でも残っていると本隊へ連絡してこの戦闘情況を報告するだろうから、それじゃ、こっちの秘密が分ってしまう」
私は作戦をのべた。
「それは尤《もっと》もだが、戦闘に時期を失っては、たいへんだぞ」
「もうすこしだ。殿《しんが》りの敵機が、せめてもう二十キロばかり、近くなったときに……」
といっているうちに、またもオルガ姫の声だ。
「敵の司令機が、無電を打ち始めました」
「えっ、無電を……さては、見つかったか。もう、猶予《ゆうよ》はならん」
私は、決心すると、オルガ姫を待たずに、配電盤のところへとんでいった。そして、怪力線砲発射の釦《ボタン》を押したのであった。
とたんに、機械室のエンジンは、ぐぐッと鳴って、ひどい衝撃をうけた。電灯は、今にも消えそうに光力を失った。
一秒、二秒、三秒!
「ああ、燃える、燃える、燃える……」
久慈が、テレビジョンの幕面を指して、歓喜の声を放った。
同じことを、私は、照準鏡《しょうじゅんきょう》の中に認めていた。
洋上高く、翼を揃えて襲来した六十機の超攻撃機は、一せいに火焔に包まれてしまったのであった。そして雨のように、煙の筋を引きながら、大空から墜落していくところは言語に絶した壮観だった。
やがて洋上には、真白な水柱《すいちゅう》が奔騰《ほんとう》した。攻撃機が一つ一つ、濤《なみ》に呑まれてしまったのであった。
「おお、敵機全滅! ばんざーい!」
久慈たちは双手《もろて》をあげて、凱歌《がいか》をあげた。
しかし、私は、別に嬉しくも感じなかった。こんなことは、クロクロ島の偉力の一つとして、なんでもないことだ。だが、汎米連邦の軍用機を撃墜したことによってやがて困難な事態が必ず向うからやってくるであろう。それを考えると、私は、迚《とて》もばんざいを唱える気にはなれなかったのだ。
別れの盃《さかずき》――本国からの呼び出し
クロクロ島にあがる凱歌!
米連の追撃隊は、わが怪力線砲のため、悉《ことごと》くやっつけられてしまった。
「祝盃だ、祝盃だ!」
「なんという、すばらしい戦闘だったろうか。ああ、思いだしても、胸がすく!」
久慈たちは、クロクロ島に備付けの怪力線砲の偉力を、今更《いまさら》のように知って乱舞《らんぶ》のかたちである。
「よかろう。おい、オルガ姫、灘《なだ》の生《き》一本を、倉庫から出してこい」
「はい、はい」
私は、なおも、島の付近の海と空との一面に、油断なき監視の触手を張りおわってのち、ようやく安心して、皆のところへ戻ってきた。
せまい機械台のうえが、とり片付けられ、一枚の白い布が敷かれていた。そこへ、オルガ姫が、酒の壜《びん》をもってきた。
「ああ、灘の生一本か。こんなところで、灘の酒がのめるなんて、夢のようだな」
皆は、子供のようにうれしそうな顔をして、小さい盃にくみわけられた灘の酒をおしいただいた。
「ばんざーい、クロクロ島!」
私はいった。
「ばんざい、黒馬博士のために……」
と、久慈が、音頭をとった。
「ありがとう」
と私はいって、
「――だが、この盃をもって、皆さんに対し、お別れの盃を兼ねさせていただきたい」
「なんだって」
久慈が、おどろいて、私の顔をみた。
私はここで、皆に、説明をしなければならなかった。
「実は、さっき、本国から、至急戻ってくるようにと、命令があったのだ。だから私は、お別れして、いそぎ東京へ戻らなければならない」
「ほんとうかね。われわれをからかっているのではないかね。クロクロ島の主人公が、ここを離れるなんて」
「いや、クロクロ島は、依然としてここにおいておく。久慈君に、後を頼んでおく。もちろん本国から君あてに、辞令が無電で届くことだろうが……」
「ほんとうかね。黒馬博士が、クロクロ島を離れるなんて、そいつはちょっと困ったなあ」
「困るって、なにが……」
「僕には、このクロクロ島が、つかいこなせないと思うのだ。なにしろ、このとおり、複雑な働きをする大潜水艦だからなあ」
「複雑だといっても、殆んどみんな機械が自動式にやってくれるのだから、君は、司令マイクに、命令をふきこむだけでも、かまわないんだよ」
「それはそうかも知れんが、このふかい意味のある西経三十三度、南緯三十一度付近においてクロクロ島本来の使命を達成するには、僕では、器《うつわ》が小さすぎる」
久慈は、いやに謙遜《けんそん》をする。
「ははあ、臆病風《おくびょうかぜ》に吹かれたね」
と、私がいえば、彼は、
「臆病風? とんでもない。そんな風なんかに吹かれてはいない。しかし、只これだけのりっぱな大潜水艦を、君から拍手をもらうほど、僕にうまく使いこなせるかとそこが心配なんだ。その一方僕は、このクロクロ島を、自分の思うように使ってみたくて、たまらないのだ。臆病風に吹かれているわけじゃない」
と、久慈は、ぴーんと胸をはっていった。
私は、うなずいた。久慈なら、たしかに、このクロクロ島をうまく使いこなせるだろう。
だが、そのとき私は、一つ心配なことを思い出した。
それは外でもない。昨夜あらわれた怪人X大使のことだった。あのような大胆不敵な曲者に、このクロクロ島を再訪問されては困ってしまう。なにかいい方法はないか。
私は、しばらく考えた結果、一つのことを思いついた。それは、クロクロ島の入口に、強烈な磁石砲《じしゃくほう》をおくことだ。あのX大使が、入って来ようとすると、この磁石砲の磁場《じば》が自動的に働いて、X大使の身体を、その場に竦《すく》ませる。そのとき一方から、ヘリウム原子弾を雨霰《あめあられ》のようにとばせて、X大使の身体の組織をばらばらにしてしまう。そうすれば、いかなる怪人X大使であろうと、たいてい参ってしまうであろう。
私は、磁石砲を入口に据付《すえつ》けるために、貴重な三十分ばかりの時間を費《ついや》し、それが終ると、久慈にくわしく注意をして、名残《なごり》惜しくもクロクロ島を出掛けたのであった。
魚雷潜水艇《ぎょらいせんすいてい》――身動き出来ぬ船室
私は、あいかわらず、忠実な部下である人造人間のオルガ姫を伴っていた。
私たちの乗った魚雷型の高速潜水艇は、早や南洋|岩礁《がんしょう》の間を縫って、だんだんと、本国に近づきつつある。それは、クロクロ島を出てから、三時間のちのことであった。
私は、この高速潜水艇が、たいへん気に入っていた。成層圏飛行のように早く目的地へ達しはしないけれど、同じ深度をとおって、一直線に直行できるのは、この高速潜水艇であった。これは、地球の深海なら、どんな深さのところでも通れるし、スピードも、中々はやいから、敵の監視網や水中聴音器などは役に立たない。しかも、飛行機のように、空中から目立たなくていい。
「あと、五十分で、東京港に到着いたします」
と、オルガ姫が叫ぶ。
オルガ姫も自分も、この魚雷型潜水艇内に寝たきりである。だから、この潜水艇の胴中が、魚雷をほんのちょっと太くしたぐらいにすぎないことが知れる。
「そうか。まず、誰にも見付からなくて、いい按配《あんばい》だったな」
と、私は、思わず、生きた人間に話すように、いったことである。三時間、こうして、身動きもならずじっと寝ているのも、退屈なものである。
オルガ姫は、なにもこたえなかった。そういう主人のことばに対しては、何もこたえる仕掛けにはなっていなかったのである。
東京で、私を迎えてくれるのは、一体誰であろうか。
それは、もちろん私を招いた人であるが、その人こそ戦軍総司令官の鬼塚元帥《おにづかげんすい》であったのだ。
今こそ、一切をここに書くが、私――黒馬博士は、国防上の或る重大使命をおびて、クロクロ島に乗り込み、はるばる例の西経三十三度、南緯三十一度というブラジル沖に派遣されていた者である。その使命が、あからさまにいって、どんなことであったか、それを話せば、どんな人でも、呀《あ》っといって腰をぬかすことであろうが、残念ながら、まだ書く時期が来ていない。いずれそのうち、だんだんと分ってくることであろう。
とにかく私は、クロクロ島において、その重大使命の達成に、ようやく手をつけ始めたばかりのところで、とつぜん鬼塚元帥からの招電《しょうでん》に接したのであった。元帥の用向きは、一体なんであろうか。
それは、尋常一様《じんじょういちよう》のことではあるまい。それだけは、容易に予想できる。もしそうでなければ、折角《せっかく》あのような重大使命をさずけて特派した私を、
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