うして島内の有様を記しているのを見ても、それは肯《うなず》かれるであろう。これには、訳があるのであった。
 わがクロクロ島の現在の位置は、先刻《さっき》も、深度計や指針が示していたとおり、水深三十一メートルの海中にあるのだ。その水深は、私が籐椅子を置いていた岩のあるところの水深であって、私やオルガ姫が今いる席のごときは、更にもっと下であることは、いうまでもない。これは、早くいえば、わがクロクロ島は、本当の島にあらずして、島の形をした大きな潜水艦だと思ってもらえばいいのである。
 クロクロ島の、階段上の出入り口を閉めて、そのまま海底に沈降すると、その直下に、丁度クロクロ島が、そのままぴったり嵌《は》まるだけの穴が開いているのだ。
 だからクロクロ島が、ぴったりその穴に入ってしまえば、海底は、真っ平《たい》らになる。つまりこれが水深三十メートル内外の海底ということになって、どこにも異状が発見されないのである。哨戒艦は、しきりに沈下したわがクロクロ島の屋根を打診《だしん》していたことになるのだ。
 クロクロ島は、約十万トンもある大きな潜水艦である。
 十万トンの潜水艦!
 昔の人は、聞いただけで、びっくりするであろう。いや信じないかもしれない。
 だが、昔の人は、動力として、油や電気や瓦斯《ガス》などを使うことしか知らなかったから、こんな大きな潜水艦のことや、その潜水艦のもつ数々の驚嘆すべき性能について、信ずることが出来ないのも無理はない。
 しかし、ちゃんと本艦は存在しているのである!
 潜水艦クロクロ島は、新動力の発見発明から、かくもりっぱに、生れ出でたのである。その新動力というのは、ちょっと他言《たごん》を憚《はばか》るが、要するに、物質を壊して、物質の中に貯わえられている非常に大きなエネルギーを取り出し、これを利用するのである。わが機関部にあるサイクロ・エンジンというのが、それである。
 私は、遂に、余計なお喋りまでしてしまったようである。私は、潜水艦クロクロ島の偉力《いりょく》を、真に天下無敵と信ずる者である。そして、敵艦は遂に、わが艦《ふね》を発見することが出来ないのである。
 ――と、今の今まで思っていたが、どうしたわけか、私は、とつぜん、非常な眩暈《めまい》に襲われた。目の前がまっ暗《くら》になった。そして、はげしい吐瀉《としゃ》が始まった。頭は、今にも割れそうに、がんがん鳴りだしたのであった。私は、自信を一度に失ってしまった。
「あっ、苦しい」
 私は、オルガ姫を呼ぼうとして、うしろをふりかえった。
「あっ、姫!」
 配電盤の前に立っている筈のオルガ姫が、床のうえに、長くなって倒れている。
 姫は、いつの間に倒れたのであろう。見ると、姫の首が肩のところから放れて、ころころと私の足許に転がっている。さすがの私も、嘆きのあまり腰をぬかしてしまった。
 一体、どうしたというのだろうか。そのとき、階段に、ことんことんと足音が聞えた。私とオルガ姫との二人の外に、誰もいない筈《はず》の艦内に、とつぜん聞える足音の主は、一体何者ぞ!


   意外なる闖入者《ちんにゅうしゃ》――触覚《しょくかく》をもった謎の男


 私は、夢を見ているのではなかろうかと疑った。
 至極《しごく》古い方法であるが、私は、震《ふる》える指先で自分の頬をつねった。
(痛い!)
 痛ければ、これは夢ではない。いや、そんなことを試みてみないでも、これが夢でないことは、よく分っていたのだ。
 夢でないとすれば――近づくあの足音の主は、誰であろうか?
 絶対|不可侵《ふかしん》を誇っていたクロクロ島に、私の予期しなかった人物が、いつの間にか潜入していたとは、全くおどろいたことである。そんな筈はないのだが……。
 だが、足音は、ゆっくりゆっくり、階段を下りてくる。私の体は、昂奮のため、火のように熱くなった。
 こっとン、こっとン、こっとン!
 ついに、階段下で、その足音は停った。
 ついで、扉《ドア》のハンドルが、ぐるっと廻った。
(いよいよ、この室へはいってくるぞ!)
 何者かしらないが、はいって来られてはたまらない。私は、扉を内側から抑えようと思って立ち上ろうとした。
 だが私は、体の自由を失っていた。
 上半身を起そうと思って、床を両手で突っ張ったが、私の肩は、床の上に癒着《ゆちゃく》せられたように動かなかった。
「畜生!」
 私は思わずうめいた。うめいても、所詮《しょせん》、だめなものはだめであった。
「あまり、無理なことをしないがいいよ」
 とつぜん私の頭の上で、太い声がした。
(あっ、彼奴《あいつ》の声だ。怪しい闖入者《ちんにゅうしゃ》の声だ!)
 私は歯をくいしばった。
「無理をしないがいいというのに、君は、分らん男だなあ」
 闖入者は、腹立たしいほど落着き払っていた。
「き、貴様は、何者か!」
「ふふん、わしの姿を見たいというのか。よし、今そっちへ廻って、わしの姿を、見せてあげよう」
 闖入者は、そういうと、また重々しい足を曳きずって私の顔の方へ廻った。
「どうだ、これで、見えるだろうね、わしの姿が……」
 見えた!
 同時に、私は、愕《おどろ》きのあまり、気が遠くなりかけた。
 怪異の姿の人物!
 私は、これまで、そのような怪異な姿の人物を見たことがない。だから、何といって、これを説明してよいか分らない。――全身を高圧潜水服と中世紀時代の鎧《よろい》とをつきまぜたようなもので包んでいる。頭のところには、非常に大きな球状の潜水帽のようなものがある。但《ただ》し、潜水兜《せんすいかぶと》とちがっているのは、その頂天《てっぺん》のところに、赤い一本の触角《しょくかく》のようなものが出ていて、これがたえず、ぷりぷりと厭《いや》な顫動《せんどう》をつづけているのだ。
 球形の兜の中にある顔は、どうしたわけか、すこしも見えない。要するに、すこぶる厳重《げんじゅう》な、そして風変りの潜水服を着ている人間といった方が、早わかりがするであろう。
 だがこの怪異な人物は、流暢《りゅうちょう》な日本語を喋るのであった。
「貴様は、誰だ。何者か! 案内もなしに入ってきて、ちゃんと、名乗ったらどうだ」
 私は、重ねて叫んだ。
「そんなに、わしの名が聞きたいか。わしには名前はないのだ。しかしそうはいっても、君は本当にしないだろう。では、気のすむようにX大使と称することにしよう。それでは改めて、御挨拶《ごあいさつ》申し上げよう。吾輩《わがはい》は、X大使である。クロクロ島の酋長《しゅうちょう》黒馬博士《くろうまはかせ》に、恐悦《きょうえつ》を申し上げる!」
 X大使と名乗る怪異な人物は、すこぶる丁重《ていちょう》な挨拶をした。私は、自尊心を傷つけられること、これより甚だしきはなかった。


   X大使の試問《しもん》――地球に資源がなくなったら


「おい、X大使。一体何用あって、無断で、クロクロ島へ闖入《ちんにゅう》したのか。はっきり、わけをいえ」
 私は、肺腑《はいふ》をしぼって呶鳴《どな》りつけた。
「あははは、そう無理をするなといっているのに、君は分らん男だなあ。その体で、わしに手向うことは出来ないではないか。そうすればわしは、君に代ってこのクロクロ島の実権を握っているようなものだ」
「こいつ、いったな」
「何をいおうと、わしの勝手だ。わしは、わしの欲することを、全部意のままにやるだけのことだ。しかし黒馬博士、わしはまだこのクロクロ島は、ほんの一目見ただけだが、人間|業《わざ》としては、なかなか出来すぎたものだね」
 X大使は、お世辞《せじ》のつもりか、クロクロ島のことをほめあげた。私は、いいがたい口惜《くや》しさに黙りこくってただ唇を噛んだ。
「いずれ、クロクロ島の内部は、ゆるゆる拝見するとして、その前に、君に一つ意見を聞いておきたいことがあるんだが、答えてくれるだろうね」
 X大使の態度は、俄《にわ》かに妥協的《だきょうてき》になってきた。
「答えるかどうかしらんが、早く、それをいってみたまえ」
「うん、いおう。このたび、いよいよ地球の上に捲き起ることとなった第三次世界大戦は、どういう目的とするかね」
 X大使は、ふしぎな話題をとらえて、私に質問を発したのである。私はX大使が普通のテロ行為者《こういしゃ》とはちがって私の生命を断《た》とうとしているのではない様子にほっと胸をなでおろした。
「そんなことは常識の範囲で、誰でも知っていることだ。それはつまり、資源問題だ。汎米連邦《はんべいれんぽう》にしろ欧弗同盟《おうふつどうめい》国にしろ、自己の領土内の資源では足りないから、足りない資源を得るため相手国を攻略しようというのだ。こんなことは、私に聞くまでもない話だ」
 と私は、極《きわ》めて平明にのべた。
「ふむ、やっぱりそうか」
 と、X大使は声だけで肯き、
「そこで次の質問になるが、第三次世界大戦の結果、仮りに汎米連邦が欧弗同盟国を征服してヨーロッパとアフリカを自分の手におさめたとする。さて、そうしたことによって、この資源不足問題は、解決するだろうか。君はどう思う?」
 X大使の質問は、この方が本題だったらしい。事実私は、この質問には、答えることをちょっと躊躇《ちゅうちょ》しないわけに行かなかったが、さりとて答えないでいることは、相手に軽蔑《けいべつ》され、こっちの弱みになることだと思ったので、私はついにいった。
「そりゃ、解決するさ。勝者と敗者とができて、勝者は敗者のもっていた資源を利用する」
「あははは、そんな子供だましの答は御免《ごめん》蒙《こうむ》る。なるほど、一応解決するように見えるさ、見えることは見えるが、勝者は敗者のもっていた資源を奪って使うといっても、敗者は全然|亡《な》くなったのではない。敗者といえども人間には相違ないので、ちゃんと生きているのだ。やっぱり喰わねばならない。しかも勝者も敗者も、人間であるからには、年と共に人口が殖えていく、だからいくら戦争をしてみても、資源の足りないことは、ついに蔽《おお》いがたい。つまり、人間の欲望を充たすためには、地球の資源では不足だという時代になっているのだ。そう思わないかね」
 X大使は、すこぶる筋《すじ》のとおったことをいったのには、私も内心、畏敬《いけい》の念をおこさずにはいられなかった。しかし、ここで、この無礼者《ぶれいもの》に負けてしまってはならない。
「まあ、そういう風にも考えられる。しかし、まだ、いろいろやってみることがある」
「もちろん、やってみることはあるだろう。空中窒素《くうちゅうちっそ》の固定《こてい》のように、空中から資源をとるのもいい。海水から金《きん》を採るのもいいだろう。海底を掘って鉱脈を探すのもいい。しかしやっぱり足りなくなる日が来るのだ。そのときはどうするつもりか」
「どうするかといって、いろいろやってみても資源がこれ以上出てこないということになれば、やむを得ないさ、仕方がないと、諦《あきら》めるより外《ほか》ない」
「諦めるより外ない。そりゃ本当かね、口では諦めるといっても、実際足りなきゃ人類は困るよ。喰べられなければ、生きてゆけないではないか。そこでどういう新手《しんて》をうつつもりか」
 X大使は、さかんに私を追いつめる。そんなことを聞くつもりなら、なにもクロクロ島を破って、私に聞くよりも、他に政治家はたくさんいるのに……。
「地球で解決がつかなきゃ、それまでだ。それとも外に名案があるのかね」
 と私は、逆に大使に質問した。
 すると大使は、
「私には云う資格がない。いや、ありがとう。そんなところで、諦めていると聞いて、わしは安心した。やあ、大きにお邪魔をした。いずれそのうち、また君のところへやってくるよ」
「えっ! 君は、帰るのか」
「どうして。用がすめば帰るさ。用があれば、又やってくるさ」
「おい、身勝手なことをいうと、許さんぞ。待て!」
 X大使は、室を悠々と出ていく。私は、その後に、すっくと立ち上った。私の気分はすでに癒《なお》っていた。そ
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