を装っているのではなかろうか。つまり、提督は、私に弱味を見せないために……)
 私の方は、いざとなったらX大使が助けに出てくれると思うから、気がつよい。――そこで私は、椅子から立ち上って、提督の方へ近づいた。
 すると提督は、安心したような表情になって、
「おお、椅子は、ぴたりと停っている。余は、なにか思いちがいをしたらしい」
 提督には、本当に私の姿が見えないようである。そうなると私は、反《かえ》ってどきどきしてきた。私は、ことさら足音たかく、提督のまわりをどんどんと歩いてみた。
 俄然《がぜん》、この効目はあった。
「ややややッ、足音だ。誰かの足音だ。息づかいも聞える。はてな、これはへんだ」
 提督は、非常に愕いた様子であった。そして入口の扉の方へいこうとするから、私はそれをさせてはならぬと思い、
「ピース提督、おさわぎあると、貴官の生命《いのち》を頂戴いたしますぞ」
「ええッ! 誰だ、そういう声の主は……」
「温和《おとな》しく、貴官の椅子に腰をおろされたい。ちと伺いたい話があるのだ」
「おお、声だけは聞える。息づかいも、聞える。しかるに姿は見えない。君は、何者だ。姿を現わせ!」
前へ 次へ
全156ページ中112ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング