壁があるばかりで、X大使の姿はなかった。
「さあ、早く、君の希望をいうがいい」
声だけのX大使は、再び私に話しかけた。私は、手を伸ばして、大使の声のする空間を触《さわ》ってみたくてたまらなかったけれど、なんだかおそろしくて、どうしても手は伸びなかった。
「……深度、二十九、二十八、二十七」
オルガ姫は、あいかわらず、淡々たる声で深度を数えている。わが艇は、刻一刻、ぎりぎりと音のする鎖によって海面へ吊りあげられていくのだ。
「X大使。私は、敵の捕虜になりたくないのだ。それから又、わが艇の内部を敵に見せることを好まないのだ」
「それで……」
「それで、私とわが艇とを、敵の手から放して貰いたい」
「よろしい。そんなことはわけなしだ。君は、望遠鏡で鎖を見ていたまえ」
X大使がそういったので、私は急いで、望遠鏡に目をあてた。
「いいかね。鎖は今、ばらばらに切れてしまうだろう」
大使の声が終るか終らないうちに、不思議なことが起った。二本の鎖が、ぷつんと切れた。その鎖は、わが艇の舳《へさき》に懸っていたものであったから、鎖の切れた瞬間に、わが艇は、ぐらっと前にのめった。
つづいて、胴中に懸
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