それが伸びて、岩壁のパイプの蓋とぴったり合う。こうすれば、艇内と岩壁の中とが、耐水性に保たれるのであった。あとは、艇のパイプの蓋を開き、それからその奥に見える岩壁のパイプの蓋を開く。こうすれば、艇内と岩壁の内部との交通路が開ける。
 万事は、オルガ姫が匐《は》い出して、うまくやってくれた。
 私が呼ばれたときには、この通路が、既にちゃんと出来ていて、オルガ姫は岩の中から、私に声をかけたのであった。
 私も、つづいてパイプの中に匐い込み、向うへ通り抜けた。そこはもう、暗礁内の密室であった。
 密室は、ビルディングのように、十階になっている。各階は、整然と分けられ、食料品、燃料、機械類、資材、清水などが貯えられているほか、弾薬庫もあれば、寝室もあり、執務室《しつむしつ》もあった。
 だが、普段、この三角暗礁には、誰も留守番がいなかった。だから、私が中に入っていっても、誰も私を迎えてくれる人がなかったわけである。
 孤独は、いつまでもつづく。しかし、科学が進んでくれば、人間は、ますます孤独の生活に耐えねばならなくなる。それは、一人の人間が、夥《おびただ》しいたくさんの機械を操《あやつ》らねばならないからである。人間なら、誰も彼も、こうした機械群をうけもつ。そうしないと、外敵の侵略を喰い止めるに充分な、科学的防備力を発揮することが出来ない。
 私はオルガ姫を連れて、機械室へはいった。
 この部屋には、通信装置が完備していた。私はその前の椅子に、腰をかけた。
 私は、まことに遺憾《いかん》であったが、クロクロ島の紛失《ふんしつ》について、鬼塚元帥に報告をする決心を固めたのであった。元帥は私の報告を聞いて、どんなに気を落されることであろうか。それを思うと、私は電鍵《でんけん》に手をふれる勇気が、一時に消失するのを覚える。
 でも、私は、ついに主幹スイッチを入れた。パイロットランプが青から赤に変り、そして真空管に火が点いた。
 私は、元帥からさずかった貴重な暗号帳を開きながら、電鍵を叩いたのであった。
 ところが、元帥のいる戦軍総司令部は、なかなか出て来なかった。
(暗号が、違っているのかな?)
 私は、暗号帳をひっくりかえして、しらべた。しかし、私の打っている暗号には、間違いがないことが分った。私は、不安を覚えた。
 そこで、一時、戦軍総司令部を呼び出すことをやめて、その代りに、空中から司令部の電波をキャッチしようと、回路を受信側に切りかえ、受話器を耳にかけた。
 波長帯は、三十五ミリ前後であった。
 波長を合わしたところ、そのあたりは、はげしい空電で混乱していた。
 この短い波長帯に、空電はおかしいと、気がついた私は空電を波型検定用のブラウン管にかけてみた。
 すると、愕《おどろ》くべきことが分った。
 その空電は、自然現象の空電ではなくして、人間が作った空電であった。つまり、総司令部の波長帯を妨害して、通信をさせまいと努めている者があるのである。
 私は竦然《しょうぜん》とした。
 総司令部の波長帯が知られてしまい、そこに妨害電波が集中しているとすると、これは只事ではない。
(ひょっとしたら、わが総司令部の上に、最悪の事態が襲来したのではなかろうか?)私は、非常な焦燥を感じた。
 鬼塚元帥が予感したとおりの、最悪の事態が早くも来てしまったに違いない。
(これは困った。どうしたものだろう)と、私は痛むこめかみを抑えて、最善の処置について、考えこんだ。
 そのときであった。受信機についている高声器から、とつぜん、電話が鳴り響いた。
「――本鑑ノ左舷前方十五度ニ、黒キ大ナル漂流物アリ、一見島ノ如キモノ漂流シツツアリ。全艦隊ハ直チニ針路ヲ北北東微北ニ転ゼヨ!」それは、流暢なる英語であった。漂流する一見島の如きもの――おお、それこそクロクロ島にちがいない。
 そのクロクロ島は、確かに米連の主力艦隊とおぼしき艦隊の間近を漂流しているのである。しかも米連の主力艦隊は、この三角暗礁に、かなり近いところを航行中のようである。ここに息づまるような新事態が発生した!
「オルガ姫、方向探知器を読め。今の無線電話の送信位置は、どこになっているか」
 私は、大声で叫んだ。


   米連艦隊に遭遇――煙幕《えんまく》の中のクロクロ島


「……只今、艦隊の位置は、わが三角暗礁の東、約七十キロです」
 オルガ姫は、すぐさま、米連艦隊の位置を報告した。電波が聞えれば、もうしめたもので、どの地点でその電波を出したかを、計器でちゃんと出すことが出来る。ただ、こうした海底の暗礁の中で、それをやるには、かなりいい受信機をもっていないと駄目である。
「ふーん、約七十キロ、東か。よし、じゃあ、すぐ出かけよう。オルガ姫、魚雷型快速潜水艇の入口をあけておけ」
「はい」
 オルガ姫は
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