く力は持たなかった。――暗黒の世界の位置、足の裏の下に、大地も床もなかった不思議。X大使の姿が、闇の中から朦朧《もうろう》と現われ、そしてやがて話が終ると、一団の火光と変じて消え去ったことの謎! それらのことを説明するには、私は、あまりにも無力であった。
 しかし私は、これらの怪奇きわまる謎を、近き将来において、きっと解いてみせるであろう。
 いや、後日、私はついにその謎を、科学的に、りっぱに解くことが出来たのであった。それとともに、X大使の正体も何も、急にはっきり分ってしまった。そこにおいて、われわれは人智《じんち》の想像を絶する新世界を身近に発見して、一大驚異にぶつかることになるのであるが、そのことは、いずれ後で、くわしく述べるときが来る。
 私の頭脳《あたま》は、一週間も徹夜をつづけたぐらい、疲れ切っていた。
 しかし私は、鬼塚元帥から申し渡された重大使命を忘れる者ではない。祖国日本は、今大危難の矢おもてに立っているのである。ぐずぐずしていることは、許されない。われわれは直ちに、最善の行動を起さなければならないのである。私は拳《こぶし》を固めると、自分の頭に、自らはげしい一撃二撃三撃を加えた。
 私は残念ではあったが、ついにクロクロ島の捜索を、一時断念することに決めた。
 といって、このように窮屈な、快速潜水艇に缶詰みたいになっているわけにはいかない。
 私は、決心した。
「おい、オルガ姫。三角暗礁へ、艇《ふね》をつけろ」
「三角暗礁へ! はい」
 私は、一時、三角暗礁に拠って、おもむろに次の作戦を練るよりほかに、いい方法はないと思ったのである。
 三角暗礁!
 これは、いわば、私たちが非常の場合を予想してこしらえて置いた秘密の根拠地であった。そして、その名称のとおり、海面からはうかがうことの許されない深海の底に設けられた根拠地であったのである。
 その位置は、南アメリカ大陸を西へ越した南太平洋にある、有名な仏領タヒチ島に近いところであった。布哇《ハワイ》島からいえば、丁度真南に当り、緯度で四十度ばかり南方にあたる。
 私たちは、その三角暗礁へ急行した。


   三角|暗礁《あんしょう》にて――クロクロ島の紛失《ふんしつ》


 望遠鏡に、ケープ・ホーンの、鬼気《きき》迫る山影がうつったかと思う間もなく、南米大陸は、ぐんぐんと後に小さくなって、やがて視界に没した。
 それから間もなく、海水の色がかわり、潮の流れがまるで違ってきた。
 雲霞のごとき、魚群を、いくたびとなく蹴散らしながら、全速力をつづけること小一時間、
「三角暗礁が見えます」
 と、オルガ姫が知らせた。
 望遠鏡の向きをぐっと変えると、なるほど前方に、大きな氷柱《ひょうちゅう》を逆さにして立てたような、怪奇な姿をした三角暗礁が見えてきた。
 暗礁の頂上が、磨ぎすましたように、三角の稜《りょう》をつくって、上を向いているのであった。それで、三角暗礁の名があった。
 付近には、妙な渦がまいていて、船舶は、魔の海として近づかない。ただ魚だけは、絶好の游泳場として、寄ってくる。
 三角暗礁は、だんだん大きく見えてきた。
 暗礁の中腹に横に抜ける一つの大きな洞穴がある。これは、わが潜水艦隊が、技師たちを連れていって穴をあけたものである。この洞が、安全な着船場となっていたのである。
「洞穴《どうけつ》に、艇《ふね》をつけろ」
 私は、命令をした。
 オルガ姫は、速い潮流に流されそうになる艇を、巧みに操縦して、暗礁のまわりを、二、三度ぐるぐる円を描いて廻っていたが、やがて、艇は吸い込まれるように洞穴の中へ入った。
 洞穴の中は、真暗であった。
 昼寝をしていた魚が、びっくりして、中から飛び出してきた。
 洞穴は、奥行が、二百メートルばかりもあって、奥はなかなか広くなっている。そこまで入っていくと、自然に継電気《けいでんき》が働いて、洞穴の天井に電灯が点くようになっている。
 艇《ふね》がこの洞穴の広間へ、舳《へさき》を突込んだとき、果して、ぱっと点灯した。そして、そこに、怪奇をきわめた広間の有様が、人の眼を奪う。
 天井は高く、五十メートルばかりもある。
 四囲の岩壁は、青味をおびた黒色をしていて、そのうえに、苔《こけ》や海草が生え、艇が水を動かすものだから、ゆらゆらと揺れる。
 この洞穴は、向うへも抜けられるようになっているが、洞内の海水は澱《よど》んでいて、ほとんど流れがない。
 岩壁には、太いパイプに、蓋をかぶせたようなものが、あちらこちら合計して六つほども、飛び出している。大きいのもあれば、小さいのもある。これは、岩礁の中にある部屋部屋への耐水入口である。
 オルガ姫は、巧みに、艇をこのパイプへ寄せた。
 艇は胴中から、同じようなパイプが、くりだされる。そして、
前へ 次へ
全39ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング