小走りに、すっ飛ぶようにして、廊下を駈けだしていった。
 私は出発にのぞみ、三角暗礁記と記された大きな帳面をひろげ、大急ぎで、いま三角暗礁をはなれるに至った事情と、その時刻とを書きこむことを忘れなかった。これは、後からくる者への引継ぎ上、どんなに急いでも、書き残しておく義務があったのである。
 ペンを机のうえになげだすと、私はオルガ姫のあとを追って、廊下を走った。それから三分ののち、私たちは又あの狭くるしい魚雷型潜水艇の中に、横たわっていた。
「出発!」
「はい、出発します」
 私は寝たまま、プリズム反射鏡をとおし、窓外にうつりゆく洞穴《ほらあな》の景色にさよならをした。クロクロ島が、どういうことになっているのか判らないが、米連艦隊に見つかり、しかもそのすぐそばを漂流しているのだとすれば、救いだすのにとても骨が折れる。下手をやれば、こっちまで艦隊の砲撃目標になって、彼等を一層得意にさせることになろう。だから、三角暗礁も、これが見納めになるかもしれない。
 エンジンの音が、高くなった。
 艇は三角暗礁をぬけだして、海中をまっしぐらに走りだした。
 さあ、いよいよ戦闘開始だ。
 赤外線望遠鏡で、外をながめていると、ついに大型艦艇の船底が見えだした。
「おお、いるいる。一隻、二隻、三隻……ええと、これはたいへんだな。皆で二十五隻か。ふーん、これは、たしかに主力だ」
 米連艦隊の主力が、大体北方にむけ進行中であることが分った。
 私は、次に望遠鏡を廻転して、クロクロ島らしい漂流物の位置をもとめた。
「おお、やはりクロクロ島だ。浮きっ放しで漂流しているんだな。宇宙線ダイナモの故障らしい。なぜ予備発電機を使わないのであろうか」
 私は、じれったくなった。
 そのときであった。鈍い音響が、水中を伝わってきた。
「おや、なんだろう、あの音は……」
 といっているとき、水中が急に明るくなった。一大火光が、ぱっと四方にひろがったと思うと、それが、つつッと上へのぼって、小さくなった。と、またつづいて、同じような火光が、つづけざまに……。
「そうか、わかった。あれは、砲弾だ。うむ。クロクロ島が、砲撃をうけているんだな。こいつは、よくないぞ」
 クロクロ島は、無類丈夫にできている。しかしいくらクロクロ島でも、二十五隻から成る主力艦隊の巨砲の標的となっては、たまらない。こいつは、早く助けないといけない。
「煙幕放出用意。第一号から第五号まで、安全※[#「合/廾」、第3水準1−84−19]《あんぜんえん》抜け」
「はい」
 オルガ姫は、忠実だ。
「はい。第一号から第五号まで、安全※[#「合/廾」、第3水準1−84−19]抜きました」
「よろしい。上昇始め」
「はい、上昇始めます。深度八十、七十六、七十四、七十二……」
 オルガ姫は、早口で深度を読む。
「……深度十二、十一、十、九、八……」
 深度が五となったとき、私は煙幕放出を号令した。そして直ちに、逆に降下を命令した。
 ぶすッ、しゅう、しゅう。
 はち切れたような音だ。煙幕筒の第一号から第五号までが、海面で口を開いたのであった。これにより、おそらく十秒とたたないうちに、クロクロ島は、灰色の煙幕でもって、すっかり隠されてしまうはずであった。
 わが潜水艇は、反転して、石のごとく、海底めがけておちていく。
 私は耳をすましていた。米連艦隊の砲撃が、ぱったりと杜絶《とだ》えたのを確認した。
(うまくいったらしい。とうとう、クロクロ島は、煙幕の中に、見えなくなったのにちがいない)
 私はほっと一安心して、なおも海上の様子をうかがっていた。そのころ、艇は水平にもどって、同じ水深のところを、ぐるぐると環をかいてまわりだしたのである。


   嗚呼《ああ》、クロクロ島!――一発の水中榴弾


 クロクロ島が煙の中に見えなくなったので、今ごろはさぞ米連艦隊の連中を、まごつかせているだろう。私は、そのように考えていた。
「オルガ姫。もう一度艇を上昇させて、煙幕の端の方から、テレスコープを出してみろ」
 私は、命じた。
 クロクロ島なら、いろいろと素晴らしい光学器械が備えつけてあるが、この魚雷艇は場所が狭いため、いくらもいいものが付いていない。
 艇は上昇して、再び水深二メートル位へ上った。テレスコープが、そろそろとくりあげられる。――音はなんにも聞えない。もちろん、砲声も銃声も聞えない。林のごとく静かである。少し気味がわるくなった。
 テレスコープが、波の上に頭を出した。とたんに、私の頭の中に入ってきた光景は、前方千メートル位のところに並んだ米連艦隊の偉容であった。クロクロ島を中心にして、ぐるっと取り巻いている様子である。なんというものものしい光景であろうか。
 感嘆の心は、まもなく、はげしい憤りに変った。
 だだん
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