私の鼓膜を揺りうごかした。――それは、単に言葉に過ぎなかったのではあるけれど……。
“どうかね、黒馬博士。もういい加減、閉口《へいこう》したろうねえ”
恐怖の声! 戦慄《せんりつ》の言葉!
私は悪寒《おかん》と共に、ぶるぶるッと、慄《ふる》えあがった。
(どうかね、黒馬博士。もういい加減、閉口したろうねえ)
――とは、どこかで聞き覚えのある声音《こわね》ではある!
(ああ、そうだ!)
私は、思い出した。そしてまた、大きな戦慄が、私の全身に匐い上った。
「おお、X大使か、貴様は!」
私は、暗闇に向って、声をふり絞った。
空間から不意に飛び出した声は、たしかに、あの超人X大使の声に違いないと思われた。
「おい、黒馬博士。君は、ひどい奴だ」
と、その声は、私を責めた。たしかにX大使の声だ!
「わしは君と、大いに友好的に、つきあおうと思っているのに、君はわしに危害を加えようとした。磁力砲というのかね、あれは……。クロクロ島の入口に備えつけて、久慈に使わせたのは……」
X大使の声には、深い恨《うら》みが籠《こも》っていた。――私は、ようやく、一つの光明(?)を掴んだのであった。それは実に私が今、怪人X大使の捕虜になっているという事態を悟り得たことであった。
おそるべきX大使の魔力よ。
怪声《かいせい》張《は》るX大使――白人種結社から派遣されたスパイ?
「あれは正当防衛だ。あなたから、恨まれる筋はないのだ」
X大使だと知って、私は猛然と、敵愾心《てきがいしん》を盛り起した。
「なんだ。その正当防衛という意味は?」
X大使の声が、問いかえした。
「そうではないか、X大使、断りもなく、わがクロクロ島の内部まで侵入して来るような相手に対しては、吾々は、いかなる手段を用いても、防衛するのだ。当り前のことではないか」
「なあんだ、そんな意味か。ばかばかしい」
と、X大使は、吐き出すようにいって、
「君の方では、あれで、厳重な戸締りをしたつもりなんだろうねえ。人間なんて、自惚《うぬぼれ》ばかりつよくて哀れなものだ」
「人間? お互いに人間であることに、変りはない。X大使よ、君は人間の悪口をいうが、それは天に唾をするようなものではないか。つまり自分の悪口をいっているわけだからねえ」
私は、むかむかして、こっぴどく大使をやっつけたつもりだった。
しかし、X大使は、無遠慮にからからと笑い、
「あははは、可哀いそうな者よ。なんとでも、好きなように自惚れているがいい。そのうちに君たちの大東亜共栄圏は、白人たちの土足の下に踏みにじられるだろう」
「やあ、そういう君は、白人種結社から派遣されたスパイだろう」
「違う」
と、X大使は、言下につよく否定したが、しばらくその後を黙っていて、やがてなんだかわざとらしい調子の言葉になって、
「……まあ、なんとでも想像するがいい。しかしとにかく、わしは君に警告しておく。もう、あのようなくだらん磁力砲《じりょくほう》などを仕掛けるのはよせ」
「余計な御忠告だ。そういう君は、磁力砲の偉力に、すっかり参ったというわけだろうが……」
私は、大使が、悲鳴をあげているのだと確信した。
するとX大使はまた、ふふんと鼻で嗤《わら》い出して、
「おい、黒馬博士。君は学者のくせに、いつまで、迷夢《めいむ》から覚めないのか。君は、この暗黒世界のことを、何だと考えているのか」
X大使の言葉は、私の腕に、針を突込んだように痛かった。私は、かなり強がりをいっているものの、踏みしめるべき大地のないこの暗黒世界に、ひとり封じこめられている気味のわるさに、これ以上|怺《こら》えかねていたところである。
しかし私は、こんなところで、敵に弱味を見せてはと思い、
「あははは。X大使よ、それよりも、磁力砲の偉力を思い出したがいいぞ。君の身体は、磁力砲のために大怪我をしたではないか。だから君は、今私の前に姿を見せることができないのだろう。そして、声ばかりで、私を嚇《おど》している。そんな嚇しに、誰がのるものか」
と、いってやった。
「おかしなことをいう」
X大使はちょっと腹を立てたような声になって、
「わしが、磁力砲のため、大怪我をしたと思っているのか。それがため、わしが姿を見せないと思っているのか。ふふん、とんでもない独《ひと》り合点《がてん》だ。わしは、ちゃんとしているのだ。今、姿を見せてやろう」
そういったかと思うと、とつぜん、空気を破って、奇妙な高い調子の震動音が聞えてきた。そのうちに、暗黒の中に、朦朧《もうろう》と、白く光った人の形があらわれて来た。
(おやッ、出たな。まるで、大魔術を見ているようだ)
人の形は、どんどん明瞭度《めいりょうど》を加えていった。そして、ものの三十秒も経たないうちに、その
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