りますか」
「余の予想では、早ければ、あと二十四時間のちだ」
「え、二十四時間のち?」
 私は、おどろいた。戦機は、そのように迫っているのであろうか。
「そして私に対する何か新しい御命令がありますか」
「そのことじゃ、黒馬博士」
 と、元帥は、顔を私の方へ近づけ、
「博士は、直ちにクロクロ島へ戻ってもらいたい。そして今後、わが命令を待ち、命令が達したらば、クロクロ島を指揮して、戦線へ出てもらいたい。これを渡しておく。これがわが命令の暗号帳だ」
 そういって、鬼塚元帥は、紫色の表紙のついた暗号帳を、私の手に渡した。「分っているだろうが、暗号帳の保管は、特に注意をするように、いいかね」
「は」私は、それを、急ぎ懐中にしまった。
「多分、クロクロ島司令への命令は、一つとして、困難でないものはないであろう。且《か》つ、今日は大西洋に、明日は南氷洋にと、ずいぶんはげしい移動を命ずることであろう。どうか、われわれの大東亜共栄圏のため、粉骨砕身《ふんこつさいしん》、闘ってもらいたい」
「承知しました。大丈夫です」
「では、すぐさま、クロクロ島へ戻ってもらいたい」
「はい。すぐさま、出発いたします」
「折角、祖国へ戻ってきたのに、何の風情《ふぜい》もなく、すぐさま追いかえして、気の毒じゃのう」
「いえ、今は、それどころでは、ありません。いずれ、あの世で、ゆっくりお目にかかりましょう」
「うん、わしも今それをいおうと思っていたところだ」
 と、元帥はこたえた。元帥も、今度は、容易ならぬ決心をして居られる。うしろの壁に、一枚の色紙が懸けてある。その文字に、
“戦如風発《たたかうやかぜのはっするごとく》攻如決河《せむるやかわのけっするごとし》”
 とあるのを、私は、大きな感動とともに、二、三度読みかえした。たしかに三略にある名句である。
 私は、元帥に別れの挨拶をして、再び魚雷型快速潜水艇にうちのり、急遽《きゅうきょ》、クロクロ島へ引返したのであった。もちろん、オルガ姫を伴って……。
 最大速力を出して、クロクロ島までは、四時間で帰りつくことができるはずだった。私はその間、元帥との会見に緊張しすぎた反動で、睡りを催しうつらうつらとしていたが、いつの間にかぐっすり寝込んでしまったらしい。
 やがて気がついたときには、オルガ姫が、只ならぬ様子で、しきりに叫んでいるのが、耳に入った。――
「一大事です。クロクロ島が、原位置《げんいち》におりません!」
「ええッ!」私は、わが耳を疑った。それが本当なら、一大変事《いちだいへんじ》勃発《ぼっぱつ》である!


   絶望のクロクロ島――名状しがたい大戦慄《だいせんりつ》


 どこへ行ってしまったか、クロクロ島!
「あのとおり堅牢《けんろう》なクロクロ島だ。また、あのとおりすばらしい戦闘力をもったクロクロ島だ。そのクロクロ島が、まるで、煙のように消え去るとは、合点がいかない」
 私の心は、じりじりしてきた。
(よし、このうえはオルガ姫にたよらず、自分の手で捜してみよう)
 私は、スイッチを切りかえると、自ら操縦のハンドルを握った。
 それから私は、透過《とうか》望遠鏡に目をあてた。この透過望遠鏡というのは、一種の電子望遠鏡で水中はもちろん水上であれ空中であれ、すっかり透過されて見え、その視界距離も零距離から五百キロメートルの遠方まで、どこでも手にとるように見えるというすばらしい光学器械である。私は、この透過望遠鏡を目に当てたまま、そこら中をぐるぐる廻った。
 二時間あまりというものを、私は夢中になって、探しまわったのであった。或るときは、海底の軟泥の中をかきわけ、また或るときは、山のような巌床のうえへ匐《は》いあがり、そうかと思うと、急に水面に浮かびあがり、いろいろと力のかぎりをつくして展望したのであった。――だがついに私の得たものは、はげしい疲労と、真暗な絶望とだけであった。
 クロクロ島は、どこへいったか、影も形もないのである。
「ああ、――」
 私は、ハンドルを握って仰臥《ぎょうが》したまま、長大息した。
 どうしたのであろう、わがクロクロ島よ。このときぐらい私は血の通った生きた人間を恋しく思ったことはない。傍にいるオルガ姫は、なにごとであれ私の命令を忠実にまもる部下ではあったが、惜しいことに、彼女は人造人間だから、話しかけて、相談するわけにはいかなかった。
「ああ、話相手がほしい。すこしぐらい変でもいい、生きている人間の話相手がいてくれたら……」
 私は、なんだか、めまいを覚えた。不安の影が、黒い翼《はね》をぐんぐんひろげて、私の体を包んでしまおうとする。このまま私は、深海に死んでいくのではないかと、心ぼそさが、こみあげてきた。私は思わずも、ハンドルを握りしめた。そして、誰も聞いていないのに、大きなこ
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