間のオルガ姫を伴っていた。
 私たちの乗った魚雷型の高速潜水艇は、早や南洋|岩礁《がんしょう》の間を縫って、だんだんと、本国に近づきつつある。それは、クロクロ島を出てから、三時間のちのことであった。
 私は、この高速潜水艇が、たいへん気に入っていた。成層圏飛行のように早く目的地へ達しはしないけれど、同じ深度をとおって、一直線に直行できるのは、この高速潜水艇であった。これは、地球の深海なら、どんな深さのところでも通れるし、スピードも、中々はやいから、敵の監視網や水中聴音器などは役に立たない。しかも、飛行機のように、空中から目立たなくていい。
「あと、五十分で、東京港に到着いたします」
 と、オルガ姫が叫ぶ。
 オルガ姫も自分も、この魚雷型潜水艇内に寝たきりである。だから、この潜水艇の胴中が、魚雷をほんのちょっと太くしたぐらいにすぎないことが知れる。
「そうか。まず、誰にも見付からなくて、いい按配《あんばい》だったな」
 と、私は、思わず、生きた人間に話すように、いったことである。三時間、こうして、身動きもならずじっと寝ているのも、退屈なものである。
 オルガ姫は、なにもこたえなかった。そういう主人のことばに対しては、何もこたえる仕掛けにはなっていなかったのである。
 東京で、私を迎えてくれるのは、一体誰であろうか。
 それは、もちろん私を招いた人であるが、その人こそ戦軍総司令官の鬼塚元帥《おにづかげんすい》であったのだ。
 今こそ、一切をここに書くが、私――黒馬博士は、国防上の或る重大使命をおびて、クロクロ島に乗り込み、はるばる例の西経三十三度、南緯三十一度というブラジル沖に派遣されていた者である。その使命が、あからさまにいって、どんなことであったか、それを話せば、どんな人でも、呀《あ》っといって腰をぬかすことであろうが、残念ながら、まだ書く時期が来ていない。いずれそのうち、だんだんと分ってくることであろう。
 とにかく私は、クロクロ島において、その重大使命の達成に、ようやく手をつけ始めたばかりのところで、とつぜん鬼塚元帥からの招電《しょうでん》に接したのであった。元帥の用向きは、一体なんであろうか。
 それは、尋常一様《じんじょういちよう》のことではあるまい。それだけは、容易に予想できる。もしそうでなければ、折角《せっかく》あのような重大使命をさずけて特派した私を、仕事にかかったばかりのところで、そう簡単に呼び戻すわけがない。
 だが、元帥の胸のうちは、ここでいくら私が考えてみても、分らない。
「東京港へはいります。港内司令所より、第四十三番|潜水洞《せんすいどう》へはいれとの命令がありましたから、只今からそちらへはいります」
 オルガ姫が、なんでもやってくれるのだ。私は、早くこの魚雷型潜水艇から出て、美味なあたらしい空気を、ふんだんに肺の奥まで吸いこみたいと思った。
 艇のエンジンは、とつぜん停った。
 ぎいイ、ぎいイ、ぎいイ――と、金属の擦れ合う高い音がきこえる。わが艇は、ついに潜水洞の中につき、今台のうえにのって、ケーブルで曳きあげられているのだ。間もなく、艇は地下プラットホームへつくことであろう。
 空気窓が、ぱかッと音がして開いた。とたんに、待望久しかった新鮮の空気が、どっとはいって来て、下顎《したあご》から顔面をなでて、流れだした。
「開扉《かいひ》します」
 オルガ姫が叫んだ。
 外被《がいひ》が開いた。私の目に、プラットホームの灯が、痛いほどしみこんだ。私は、皮帯を外して、外へ出た。そして、しばらくは、柔軟体操をつづけた。身体中の筋肉という筋肉が、鬱血《うっけつ》に凝《こ》っていて、ぎちぎちと鳴るように感じた。
 オルガ姫は、まめまめしく立ち働いている。私の乗ってきた魚雷型潜水艇は、彼女の手によって、艇庫におさめられた。
 この地下プラットホームは、東京港に特に設けられた船舶用の発着所であった。船舶といえば、むかしは、桟橋《さんばし》についたり、沖合に錨をおろしたものであるが、目下わが国では、それを禁じてある。碇泊は、すべて禁止である。
 船舶はすくなくとも、東京港付近まで来ると、いずれも潜水してしまう。そして、潜水洞へ潜りこむように決められてあった。だから、わが国の艦船には、潜水の出来ないものは、一つもなかった。小さい船でも、わが潜水艇のように、潜水設備のあるものが相当多かった。つまり、潜水のできない艦船は、不全だというわけである。
 わが艦船が、こういう潜水式に改められるまでには、十年の歳月と、多大な費用とを要したが、それが完成すると、わが海運力は、世界一|堅牢《けんろう》なものとなった。
 近頃、外国でも、そろそろ見習いはじめたようであるが、わが国は、むかしから海国日本の名に恥じず、この進歩的な潜水艦船陣
前へ 次へ
全39ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング