っている。
 私は、彼女の体を抱き起して、壁に凭《もた》せかけた。それからこんどは、首を拾いあげた。その首を彼女の肩のうえに嵌《は》めてやった。
 彼女は、死んだようになって、すこしも動かない。
 私は、オルガ姫の胸をあけた。
「ほう、こいつだな」
 真空管の一つが、消えていた。
 私は、新しい真空管を棚から下ろして、故障の真空管のあとに挿しこんだ。そして姫の胸を元どおりに閉じてやった。
 すると、姫は、いきなりぴょこんと立ち上ると、すぐさま、警鈴の鳴る配電盤の前へ走りよったのであった。――私の助手オルガ姫は、もう読者のお察しのとおり、これは本当の人間ではなくて、実は機械で組立てた人造人間であったのである。
 人造人間は、助手として、はなはだ好適《こうてき》であった。
 命令は、絶対にまちがいなくまもるし、食事をするわけではなく、人間らしいものぐさ[#「ものぐさ」に傍点]もなし、そして部分品をとりかえさえすれば、いくらでも使える。
 殊にオルガ姫の端麗《たんれい》さは、ちょっと人間界にも見あたらぬほどだ。私は有名なるミラノの美術館を一週間見て廻って、ようやくオルガ姫の原型《げんけい》を拾い出したのであった。それを私の理想とする婦人像であったのだ。
 オルガ姫を見ていると、私は母の懐《ふところ》に抱かれているような安心を覚える。
 そのオルガ姫は、配電盤のところに立って、しきりに録音された鋼鉄のワイヤを調べていたが、私の方に向き直り、
「警報信号が、しきりに入っているのですけれど、発信者の名前もなく、それに、本文もないのですが」
 オルガ姫は、報告だけをすると、また配電盤の方へ向いて忙しそうに手をうごかした。
「発信者の名前もなく、また本文もない……」
 私は、それはきっと逃亡中の久慈が、自分の安泰を知らせているのだと解釈したのであった。
 久慈は、このクロクロ島へ逃げこんでくるかも知れない。いや、どうもそういう気がする。
 もし、ここへ逃げこんでくるとすると、彼の到着は、早くも明日の朝になるであろう。
 私は、オルガ姫に命じて、なおもその警報信号に注意を払わせることとし、もしも、なにか本文らしいものを相手がうってきたら、すぐさま私に知らせろといいつけた。
 そうして置いて私は、X大使の闖入《ちんにゅう》以来、あまりに疲れたので、しばし長椅子に横たわって睡眠をとることにした。
 人間は不便だ。オルガ姫は、二十四時間働いていて、疲れることも知らなければ、睡眠をとる必要もないのだ。しかし私は、疲れもするし、食慾も起るし、また睡りもしなければならなかった。
 さて、睡ろうとはしたが、私の神経は、いやに昂《たかぶ》っていて、いつものように五分とたたないうちに睡りに入るなどということは不可能だった。私は、長椅子のうえにいくたびか苦しい寝がえりをうった。
 睡りかけると、急に心臓がどきどきし始める。そしてそれがきっかけのように、X大使の姿が目の前に浮かぶのだった。
(おい、どうだね、黒馬博士。わしのすばらしい透過《とうか》現象を見ただろうね。それから、君の脳細胞もまたオルガ姫の電気脳も、わしは、やっつけようと思えば、徹底的にやっつけられるのだが、それでは礼儀を失うと思ってあの程度に止めておいたのだよ。とにかく、気を付けなければいけない。これは、君への忠告だ。君たちは、自分の脳の働きについて、あまり自信がありすぎる。その辺をよく考えたまえ。地球の人間が、大宇宙で一番優秀な生物だと思っていると大まちがいだよ!)
 X大使が、はじめは夢の中にあらわれ、それからしばらくすると、だんだん夢ではなく、テレビジョン電話で話しかけられているような恰好になってきた。
 X大使は、あの超人的な力をもって、今もなお私の脳髄に、不思議な力を働かせているのではないか。私は胸元をしめつけられるような苦しさに襲われ、はっと目ざめて、長椅子からとび上った。――しかし、それは、やっぱり夢であった。
 おそるべきはX大使だ。彼は、私の強敵だ。そのとき私は、ふと或ることを思いついた。いつか、「地球お化け事件」のことについて、怪放送を行っていた疑問の人物があったが、あの人物こそ、このX大使と同一の人物なのではなかろうか。
 彼は、私に、奇妙な質問を発し、人類は、「地球に於ける資源不足を、どう解決するつもりか?」と迫ったが、彼は、なぜそんなことを、私に訊ねる必要があったのであろう。いよいよ勃発《ぼっぱつ》する形勢の、第三次世界大戦の舞台に、彼X大使は、いかなる重要な役割をもっているのであろうか。
 私の悩みは、大使の訪問以来急に二倍にも三倍にも増大していったのである。


   落下傘《らっかさん》見ゆ――果して同志の六名か


 黎明《れいめい》が来た。
 クロクロ島は、いつしか
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