ように見えるさ、見えることは見えるが、勝者は敗者のもっていた資源を奪って使うといっても、敗者は全然|亡《な》くなったのではない。敗者といえども人間には相違ないので、ちゃんと生きているのだ。やっぱり喰わねばならない。しかも勝者も敗者も、人間であるからには、年と共に人口が殖えていく、だからいくら戦争をしてみても、資源の足りないことは、ついに蔽《おお》いがたい。つまり、人間の欲望を充たすためには、地球の資源では不足だという時代になっているのだ。そう思わないかね」
 X大使は、すこぶる筋《すじ》のとおったことをいったのには、私も内心、畏敬《いけい》の念をおこさずにはいられなかった。しかし、ここで、この無礼者《ぶれいもの》に負けてしまってはならない。
「まあ、そういう風にも考えられる。しかし、まだ、いろいろやってみることがある」
「もちろん、やってみることはあるだろう。空中窒素《くうちゅうちっそ》の固定《こてい》のように、空中から資源をとるのもいい。海水から金《きん》を採るのもいいだろう。海底を掘って鉱脈を探すのもいい。しかしやっぱり足りなくなる日が来るのだ。そのときはどうするつもりか」
「どうするかといって、いろいろやってみても資源がこれ以上出てこないということになれば、やむを得ないさ、仕方がないと、諦《あきら》めるより外《ほか》ない」
「諦めるより外ない。そりゃ本当かね、口では諦めるといっても、実際足りなきゃ人類は困るよ。喰べられなければ、生きてゆけないではないか。そこでどういう新手《しんて》をうつつもりか」
 X大使は、さかんに私を追いつめる。そんなことを聞くつもりなら、なにもクロクロ島を破って、私に聞くよりも、他に政治家はたくさんいるのに……。
「地球で解決がつかなきゃ、それまでだ。それとも外に名案があるのかね」
 と私は、逆に大使に質問した。
 すると大使は、
「私には云う資格がない。いや、ありがとう。そんなところで、諦めていると聞いて、わしは安心した。やあ、大きにお邪魔をした。いずれそのうち、また君のところへやってくるよ」
「えっ! 君は、帰るのか」
「どうして。用がすめば帰るさ。用があれば、又やってくるさ」
「おい、身勝手なことをいうと、許さんぞ。待て!」
 X大使は、室を悠々と出ていく。私は、その後に、すっくと立ち上った。私の気分はすでに癒《なお》っていた。そしてふしぎにも、ちゃんと立ち上れた。しかし、まだ少しふらふらする足を踏みしめて、あとを追いかけた。
 X大使は、階段をのぼっていく。私はその後を追いかけた。手を伸ばせば届くほどの距離でありながら、X大使は、すこしずつ私より先を歩いている。
 階段は、もうX大使の頭のところで、つかえている。私は、かなわぬまでも、ここでX大使を追いつめて、せめて足でも捕えて、曳《ひ》き摺《ず》りおろしたい考えだった。
 ところがX大使は、なおも悠々と、階段の上にのぼっていく。私は懸命に追いかけた。そして、ついに大使の足を捕えた。
 が、なんたる不思議! 私の手は、階段の上の防水|扉《ドア》にいやというほどぶっつかった。見れば、X大使の姿は、そこになかった。有るのは防水扉だけであった。
 といって、防水扉は、決して開いたわけではなかった。もし防水扉が開けば、海水が、どっと下におちてくるだろう。しかし、只の一滴の海水も階段の上から降ってこなかった。だから防水扉は絶対に開かなかったのだ。しかもX大使の体は消えてしまったのだ。恰《あたか》も大使の体は防水扉を透過《とうか》して、クロクロ島の外に出た――と、そうとしか考えられないのであった。
 怪また怪!
 私は、階段に取り縋《すが》ったまま、大戦慄《だいせんりつ》の末、全身にびっしょり汗をかいた。


   大戦慄《だいせんりつ》――夢かテレビジョンか


 私は、それから小一時間も、なにをする元気もなく、階段の下にうずくまっていた。
 おお、X大使!
 なんという恐ろしい人物にめぐりあったものだろう。これが太古であれば、天狗《てんぐ》さまに出会ったとでも記すところであろう。さすがの私も、すっかり頭の中が混乱してしまった。
 警鈴《けいれい》が、あまりに永いこと鳴り響くので、私はやっと正気《しょうき》づいたのであった。いや、全く、本当の話である。それほど、私はずいぶん永いこと放心の状態にあった。
(警鈴が鳴っているのに、オルガ姫は、なぜ出ないのであろう)
 そんなことを、いくどもくりかえし思っているうちに私は、正気にかえったのであった。
「そうだった。オルガ姫は、壊《こわ》れて、倒れていたっけ」
 私は、起き上って、元の室内へと、とってかえした。
 配電盤の前に、オルガ姫が前のとおりに倒れている。彼女の首は肩のところから離れて、私の机の下へ転が
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