いほど落着き払っていた。
「き、貴様は、何者か!」
「ふふん、わしの姿を見たいというのか。よし、今そっちへ廻って、わしの姿を、見せてあげよう」
 闖入者は、そういうと、また重々しい足を曳きずって私の顔の方へ廻った。
「どうだ、これで、見えるだろうね、わしの姿が……」
 見えた!
 同時に、私は、愕《おどろ》きのあまり、気が遠くなりかけた。
 怪異の姿の人物!
 私は、これまで、そのような怪異な姿の人物を見たことがない。だから、何といって、これを説明してよいか分らない。――全身を高圧潜水服と中世紀時代の鎧《よろい》とをつきまぜたようなもので包んでいる。頭のところには、非常に大きな球状の潜水帽のようなものがある。但《ただ》し、潜水兜《せんすいかぶと》とちがっているのは、その頂天《てっぺん》のところに、赤い一本の触角《しょくかく》のようなものが出ていて、これがたえず、ぷりぷりと厭《いや》な顫動《せんどう》をつづけているのだ。
 球形の兜の中にある顔は、どうしたわけか、すこしも見えない。要するに、すこぶる厳重《げんじゅう》な、そして風変りの潜水服を着ている人間といった方が、早わかりがするであろう。
 だがこの怪異な人物は、流暢《りゅうちょう》な日本語を喋るのであった。
「貴様は、誰だ。何者か! 案内もなしに入ってきて、ちゃんと、名乗ったらどうだ」
 私は、重ねて叫んだ。
「そんなに、わしの名が聞きたいか。わしには名前はないのだ。しかしそうはいっても、君は本当にしないだろう。では、気のすむようにX大使と称することにしよう。それでは改めて、御挨拶《ごあいさつ》申し上げよう。吾輩《わがはい》は、X大使である。クロクロ島の酋長《しゅうちょう》黒馬博士《くろうまはかせ》に、恐悦《きょうえつ》を申し上げる!」
 X大使と名乗る怪異な人物は、すこぶる丁重《ていちょう》な挨拶をした。私は、自尊心を傷つけられること、これより甚だしきはなかった。


   X大使の試問《しもん》――地球に資源がなくなったら


「おい、X大使。一体何用あって、無断で、クロクロ島へ闖入《ちんにゅう》したのか。はっきり、わけをいえ」
 私は、肺腑《はいふ》をしぼって呶鳴《どな》りつけた。
「あははは、そう無理をするなといっているのに、君は分らん男だなあ。その体で、わしに手向うことは出来ないではないか。そうすればわしは、君に代ってこのクロクロ島の実権を握っているようなものだ」
「こいつ、いったな」
「何をいおうと、わしの勝手だ。わしは、わしの欲することを、全部意のままにやるだけのことだ。しかし黒馬博士、わしはまだこのクロクロ島は、ほんの一目見ただけだが、人間|業《わざ》としては、なかなか出来すぎたものだね」
 X大使は、お世辞《せじ》のつもりか、クロクロ島のことをほめあげた。私は、いいがたい口惜《くや》しさに黙りこくってただ唇を噛んだ。
「いずれ、クロクロ島の内部は、ゆるゆる拝見するとして、その前に、君に一つ意見を聞いておきたいことがあるんだが、答えてくれるだろうね」
 X大使の態度は、俄《にわ》かに妥協的《だきょうてき》になってきた。
「答えるかどうかしらんが、早く、それをいってみたまえ」
「うん、いおう。このたび、いよいよ地球の上に捲き起ることとなった第三次世界大戦は、どういう目的とするかね」
 X大使は、ふしぎな話題をとらえて、私に質問を発したのである。私はX大使が普通のテロ行為者《こういしゃ》とはちがって私の生命を断《た》とうとしているのではない様子にほっと胸をなでおろした。
「そんなことは常識の範囲で、誰でも知っていることだ。それはつまり、資源問題だ。汎米連邦《はんべいれんぽう》にしろ欧弗同盟《おうふつどうめい》国にしろ、自己の領土内の資源では足りないから、足りない資源を得るため相手国を攻略しようというのだ。こんなことは、私に聞くまでもない話だ」
 と私は、極《きわ》めて平明にのべた。
「ふむ、やっぱりそうか」
 と、X大使は声だけで肯き、
「そこで次の質問になるが、第三次世界大戦の結果、仮りに汎米連邦が欧弗同盟国を征服してヨーロッパとアフリカを自分の手におさめたとする。さて、そうしたことによって、この資源不足問題は、解決するだろうか。君はどう思う?」
 X大使の質問は、この方が本題だったらしい。事実私は、この質問には、答えることをちょっと躊躇《ちゅうちょ》しないわけに行かなかったが、さりとて答えないでいることは、相手に軽蔑《けいべつ》され、こっちの弱みになることだと思ったので、私はついにいった。
「そりゃ、解決するさ。勝者と敗者とができて、勝者は敗者のもっていた資源を利用する」
「あははは、そんな子供だましの答は御免《ごめん》蒙《こうむ》る。なるほど、一応解決する
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