元のとおりに海面に浮かび上っていた。
 潮を含んだそよ風が、通風筒をとおり私の頸筋《くびすじ》を掠《かす》めていく。
 かん、かん。かん、かん。
 軍艦と同じように、時鐘が、冴々《さえざえ》と響きわたる。
(もう五時だ!)
 オルガ姫が、つかつかと近づいて、手提鞄を卓子《テーブル》のうえに置いた。
「これが昨夜中に蒐《あつ》まった録音です」
 人造人間との会話は、何を聞いても、こっちからは返事をする必要のないことであった。返事をしなくても人造人間は、私を高慢ちきな奴だと腹も立てず、また返事をしてやっても、悦《よろこ》ぶわけではない。私はただ必要なる命令だけを喋ればよかった。
 私は、録音器の入った鞄をもって、階段をのぼっていった。
 島の上に出ると、朝やけの空のもと、静かな海にはうねりもなかった。
 昨夜、この辺に、執拗《しつよう》な索敵《さくてき》行動をくりかえした汎米連邦の艦隊は、影も見えなかった。空と海と、そしてクロクロ島だ。原始時代の昔にかえったような、まことに単純な世界の中の一刻であった。戦争もない、資源問題もない。只有るのは、今もいったように、空と海と、そしてクロクロ島だけであった。
 私は、古ぼけた籐椅子《とういす》に、背をもたせかけた。それから、肘掛《ひじかけ》の裏をさぐって、釦《ボタン》を指先でさぐった。番号の4という釦を押すと、足許の岩がバネ仕掛けの蓋のように、ぽんと開いた。そして下から、西洋の郵便箱のような形をした録音発声器がせりあがってきた。
 私は発声器の後部をひらいて、鞄の中に入れてきた録音ワイヤを投げこんだ。ワイヤの一端を、スプールの一方の穴に止め、そして、蓋を閉じると、発声器は自然に録音を再発声しはじめた。
“――欧弗同盟《おうふつどうめい》側は、一切の戦闘準備を終了した。召集された兵員の数は、二千五百万、地下鉄道網《ちかてつどうもう》は、これらの兵員を配置につけるため、大多忙を極めている”
 これは汎米連邦のワシントン放送であった。
 ちょっと途切れてから、また次の録音が声にかわった。
“――ワイベルト大統領は、戦費の第一次支出として、千九百億|弗《ドル》の支出案に署名をした”
“――欧弗同盟の元首ビスマーク将軍は、昨夜、会議からの帰途、ヒトラー街において、七名の兇漢《きょうかん》に襲撃され、電磁弾《でんじだん》をなげつけられて将軍は重傷を負った。犯人は、その場で逮捕せられたが、彼等は将軍の民族強圧に反対するアラビア人であった。今後、同国内におけるこの種の示威運動は、活溌になるであろうと識者は見ている”
“――汎米連邦における敵国スパイの跳梁《ちょうりょう》は、いよいよ甚《はなは》だしきものがあり、殊に昨日は、ワシントン市と南米方面とは互いに連絡をもつスパイの通信が受信せられ、警備隊は、これの検挙に出動した。ワシントン市におけるスパイの巣窟《そうくつ》はついに壊滅《かいめつ》し、スパイの大半は捕縛《ほばく》せられ、その一部は、自殺または逃走した。南米方面のスパイに対しては、厳重な包囲陣が敷かれて居り、彼等の検挙はもはや時間の問題である”
 こうした録音は、いずれも汎米連邦側のものばかりであった。
 これに対して、欧弗同盟側では、殆んど、何にも放送していないのが、甚だ奇妙な対照をなしていた。
 只一つ、最後に欧弗同盟側の簡単な放送があった。
“――元首ビスマーク将軍は、今、寝所に入ったばかりである。元首は一昨日以来、ベルリンにおいて閲兵《えっぺい》と議会への臨席とで寸暇もなく活動している。因《ちな》みに、ベルリン市には、数年前から一人のアラビア人もいない”
 この放送は、明らかに、ワシントン特電がデマ放送であることを指摘し、反駁《はんばく》しているものであった。その外《ほか》のことについては、ベルリン特電は、なにもいっていないし、欧弗同盟のいずこの地点よりも、一つの放送さえなかった。それは、非常にりっぱに統制が保たれているというか、或いは開戦にあたって、作戦の機密を洩《もら》させまいと努力しているのだというか、とにかく林の如く静かであることが、汎米連邦側にはすこぶる気味のわるいものであった。
 汎米連邦と欧弗同盟国との戦闘は、あと数日を出でないで、開始されるであろうと思われた。
「落下傘が六個、下りてきます! 頭上、千五百メートル付近を、下降中!」
 とつぜん、オルガ姫の声であった。
 私は、空を仰いだ。
 ああ、見える見える。灰色の爆弾のようなものが、ぐんぐん下におちてくる。もっとスピードが速ければ、爆弾と間違えたかもしれない。
 落下傘は、主傘《しゅさん》を開いていない。小さい副傘を、ぽつんぽつんと、開きながら、まだ相当のスピードで落ちてくるのが分った。
 主傘がぱっと、開いたのは、高度二百
前へ 次へ
全39ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング