然はかくも美しいのであった。
光ばかりではない。音さえない。
浪の音さえ、聞えないのである。この島では、打ちよせる浪の音は、たくみに、補助動力《ほじょどうりょく》に使われ、そして音を消してあった。だから、時折、頬のあたりをかすめる微風《そよかぜ》が、蜜蜂の囁《ささや》くような音をたてるばかりだった。――この島では、光と音と、そして電磁波《でんじは》とが、すこぶる鋭敏《えいびん》に検出されるようになっていた。――
かく物語る私とは、何者であろうか?
名乗るべきほどの人物でもないが、もう暫く、読者の想像に委《まか》せておこう。
哨戒艦隊《しょうかいかんたい》――テレビジョンに映った影
時間は流れた。
クロクロ島の夜は、いたく更《ふ》け過ぎて、夜光時計は、今や二十一時を指している。
待っている第三回目の怪放送は、まだアンテナに引懸らないらしい。オルガ姫は、ずっと下に入りきりで報告に上ってこないのであった。
いつもなら、もう疾《とっ》くの昔にベッドに入る頃だが、今宵《こよい》は、なかなか睡られそうもない。
久慈から聞いた遂《つい》に汎米連邦に動員令が出たとの飛報は、私を強く興奮させてしまった。なかなかベッドに入るどころではない。首《こうべ》を巡《めぐ》らせば、今オリオン星座が、水平線下に没しつつある。私は、暫く、星の世界の俘虜《とりこ》となっていた。
階段を駈けあがってくる足音が聞えた。
オルガ姫だ。
(さては、遂に、第三回目の怪放送が、キャッチされたか)
と、私は、古びた籐椅子から、体を起した。
やっぱり、それはオルガ姫だった。
「大至急、下へお下りになってください。この方面へ、怪しい艦艇が近づいてまいります」
「なに、怪しい艦艇が……」
このクロクロ島のあるところは、各種の航路をさけた安全地帯なのである。ところが今、怪しい艦艇が近づきつつありと、オルガ姫は、報告してきたのであった。
怪しい艦艇とは、いずくの国のものぞ。
その詮議《せんぎ》はあとまわしだ。今は、なには兎《と》もあれ、待避《たいひ》しなければならない。私は、椅子から腰をあげた。
「姫、籐椅子《とういす》を、下にもってきてくれ」
「はあ」
「それから、後を頼むぞ」
「はい」
私は階段を、駈《か》け下《くだ》った。
つづいて、オルガ姫が椅子を持って、階段を駈け下りてきたと思うと、彼女はその足ですぐ配電盤のところへ、とんでいった。
複雑なスイッチが、つぎつぎに入れられた。赤や白や緑やの、色とりどりのパイロット・ランプが、点いたり消えたりした。防音壁をとおして、隣室の機械室に廻っている廻転機のスピード・アップ音が、かすかに聞える。
私たちの体は、なんの衝動《しょうどう》も感じなかったけれど、深度計《しんどけい》の指針は、ぐんぐん右へ廻りだした。
室内の空気の臭《にお》いが、すっかりちがってきた、薬品くさい。もちろん、それは濾過層《ろかそう》を一杯にうずめている薬品の臭いであった。
「三隻よりなる哨戒艦隊、東四十度、三万メートル!」
オルガ姫は、すきとおる声で、近づく艦艇を測量した結果を、報告した。
「どこの国の艦《ふね》だか分らないか」
「艦籍不明《かんせきふめい》!」
と、オルガ姫は、すぐに応えた。
「艦籍不明か。どうせ汎米連邦の艦隊だろうが、なんの用があって、こっちへ出動したのかな」
まさか、このクロクロ島が見つかったためではあるまい。
だが、先刻、久慈は、私に向って警告した。
(この調子では、そっちへも、監察隊が重爆撃機《じゅうばくげきき》に乗って急行するかもしれませんよ!)
という意味のことを云った。今、近づいてくるのは、哨戒艦であって、重爆撃機ではないから、話はちとちがう。といって、もちろん、安心はならない。
「二万メートル!」
と、オルガ姫が叫んだ。私は、哨戒艦との距離二万メートルの声を待っていたのだ。
「おお、そうか。では――テレビジョン、点《つ》け! 吸音器《きゅうおんき》開け!」
私は、命令した。
壁間《へきかん》に、ぽッと四角な窓があいた。窓ではない、テレビジョンの映写幕である。静かな海面、すこし弯曲《わんきょく》した水平線、そして、そのうえに、ぽつぽつと浮かぶ三つの黒点――それこそ、近づく三隻の哨戒艦であった。このテレビジョンは、赤外線を受けているので、映写された夜景は、まるで昼間の景色と同様に明るく見えるのだった。
その横では、吸音器が、はたらきだした。ざざざーッと、いそがしそうに鳴るのは、全速力の哨戒艦が、後へ曳《ひ》く波浪《はろう》のざわめきであろう。
映写幕のうえの艦影《かんえい》は、刻々に大きくなってくる。
その三点の黒影は、ぽつぽつぽつと並んでいたと思うと、しばらく
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