たまるか」
「おや、君はへんなことに腹を立てるではないか。――いや、日本人が使役されることを好まなければ、余は彼等を海の中になげこむばかりだ」
「云ったな」
私は憤然として、提督の頬桁《ほほげた》をなぐりとばした。私は、もはやこれ以上、日本民族への侮辱にたえられなかったのである。
苦悶《くもん》する米提督――欧弗同盟軍に砲門は開けない
「おお、では君は、日本人だったのか。なぜ初めから、そのとおり姿を見せてくれなかったのか」
提督は、非常な驚愕《きょうがく》を示して、椅子から立ち上った。そして、呻《うめ》くように、
「おお、日本人、たしかに日本人だ。……」
と云って、手で自分の眼を蔽《おお》う。
私は悟った。私の姿が、提督の前に現われたのだ。それは全て、X大使の余計なおせっかいであった。このへんで、私の姿を、ピース提督に見せてやろうと考えて、いきなり実行したのであろう。私には何の相談もなかったのだ。私は結局、傀儡《かいらい》である。X大使の手によって、勝手にうごかされている人形でしかない。私は口惜しかった。だが、どうすることもできない。なに分にも、相手は四次元の生物X大使だから……。
私は観念して、ピース提督の前に立ち、彼がどうするかを凝視《ぎょうし》した。
ところが、提督は思いの外、周章狼狽《しゅうしょうろうばい》しているのだった。彼は、後ろの壁に、ぴったりと体をつけ、恐怖の眼《ま》なざしをもって、私を見据えた。
「おお黒馬博士。余は、博士に謝罪をするものである」
提督は、私の顔を見て、黒馬博士だと悟ったのだ――そんなに愕かれる程の私でもないが……。
「おお黒馬博士。余は博士が、四次元の世界に跳躍せられる力があるとは、想像していなかった。先程からの非礼をことごとく詫びる。そして……」
提督は、ひとりで喋った。
「そして、余は、黒馬博士と識るを得たことを悦ぶ者である。そこで博士よ。余は突然ながら、折入って博士に相談したいことがある。その内容を、はっきりというならば、博士よ、余にその四次元世界への跳躍術をコーチしてくださるまいか。そのために、余はアメリカに有する七千万ドルの財産を、すべて博士に贈ることを、ここに誓う者である。どうです。さあ、イエスと返事をしてください」
提督は、勘ちがいをしている。X大使にねだるべきことを、私に訴えているのだ。
もちろん私は、提督の願いを一蹴した。すると提督は、私の真意を勘ちがいして、更に歎願するのであった。
そのとき、私の耳許に、囁《ささや》いた声があった。
「黒馬博士。ピース提督に、こう云ってみたまえ。“では提督は今直ちに立って、欧弗同盟国軍に対して、砲門を開くだけの決心があるか”と……」
それは、X大使のこえだった。
私は、ちょっと無念だったけれど、前からの約束でもあったから、大使のことばを、提督につたえた。
すると提督は、失心せんばかりに愕いて、
「いや、そんなことは出来ない。それは、絶対に不可能だ」
X大使のこえが、また私の耳にささやいた。私は大使の代弁者となって、大使のささやくとおりを云う。
“君が、欧弗同盟軍に対して砲門を開くことは、絶対不可能だというなら、こっちも四次元跳躍術をコーチすることは真平だ”
「ま、待ってください。余に、しばらく考える時間をあたえよ」
“ぐずぐずしていられないぞ。副長が、こっちへ来る様子だ”
「あっ、副長が……。ここからは見えない筈の艦内まで、博士は見る力を持っているのか。うむ、愕いた。……が、今しばらく……」
気の毒にピース提督は、すっかり元気をなくしてしまった。彼はどうしていいかわからないという風に、身悶《みもだ》えしていたが、やがて、やっと決心がついたという顔になって、
「では、こうしましょう。欧弗同盟軍へ砲を向けることは出来ないが、欧弗同盟軍に対し、戦闘を中止するように勧告しましょう。それで、日本も大東亜共栄圏も安泰です。このへんを妥協点として、我慢していただきたい」
すると、X大使は、急に狼狽したようなこえになって、
“それは賛成できない。平和になってしまうのでは、仕様がない。あくまで、欧弗同盟軍と闘ってもらわないと困る。闘わないというのなら、こっちにも覚悟がある”
「それは無理というものだ。余には、欧弗同盟軍を砲撃せよと命令する権限がない。ワイベルト大統領にいっていただきたい」
“おいおい、呑気《のんき》なことをいっては困る。貴官の話を聞いていると、まるで、ワシントンの海軍省の応接室で、貴官の話を承っているようじゃないか。現在の事態は、そんなものではないぞ。おいピース提督、貴官及び貴艦隊は、いま私の掌中ににぎられていることを知らないのか”
「それは分っている。しかし余には、そんなことはできない」
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