人影は、嘗《かつ》て私が見たことのある彼《か》の奇怪なる服装をしたX大使の姿となり果てたのであった。高圧潜水服に全身を包んだような、大使の不思議なる姿!
「どうだ、わしの姿が見えるだろう」
「舞台の上の大魔術というところだ。入場料をとっているなら、拍手を送りたいところだが、そんな手で、私はごま化されないぞ。これは、君の本当の体ではなくて、幻影にすぎないのだ」
「幻影? 可哀いそうな人間よ。これでも、幻影か」
X大使は、とつぜん私の方に近づき、私が身をかわそうとするのを先まわりして、やっと、かけごえをして、私の腕を掴んだ。
「うむ、痛い! 骨が、折れる……」
X大使の握力は、まるで万力機械《まんりききかい》のように、強かった。幻影ではないX大使であった。私は歯を喰いしばって、疼痛《とうつう》にたえた。
「ははは、それ見たことか」
X大使は、憫笑《びんしょう》すると、やっと手を放した。
「だが、黒馬博士。わしの真意は、君を殺すことではない。いや、それよりも、正直なところ、わしは君と友好的に協力し合いたいのだ。どうだ、承知しないか」
突然、X大使の言葉は、妥協的になった。
だが、私は油断しなかった。
「身勝手なことを、いってはいかん。私をこんな目にあわせて置きながら、友好的協力もなにも、あったものじゃない」
私は、すかさず抗議をしてやった。
「まあ、そういうな。今、君が遭っている異変は、魔術でもなんでもない。わしは君に、わしの偉力を、ちょっぴり見せたかったのだ。――だが、今君は、わしに対して感情を害しているようだ。わしは、これ以上無理に君を圧迫しまい。私は自ら一時退却する。しかし、この際、君に一言のこして置くから、忘れないでいてもらいたい」
と、X大使は、改まった調子で、
「今後、君たち大東亜共栄圏の民族は、更に大きな危険に曝《さら》されることになるだろう。そのとき、救援が欲しかったら、わしに求めるがいい。わしは、ちょっとした交換条件をもって、君たちを全面的に援助するだろう。どうか、それを忘れないで……」
そういったかと思うと、X大使の姿は、俄《にわ》かに、アーク灯のごとく輝きだした。いや、大使の姿だけではない。私の身のまわりの暗黒世界が、一時に眩《まぶ》しく輝きだした。私はあっと叫んでその場にひれ伏した。そして知覚を失ってしまったのである。
確
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