そのときドレゴは、爺やに盆を下に置いてからそうするよう注意すべきだった。気のついたときは遅かった。霊峰へ目をやった爺やは、ああああっと長い叫び声を発すると、その場に卒倒してしまった。糧食の盆は大きな音と共に彼の手を放れて床の上に落ち、あたりへ大事なものを撒きちらし、転がせてしまった。
ドレゴは漸くにして身支度を整えて、家の前に待っている自動車に乗込んだ。彼はハンドルを山とは反対の方へ切って、町の中を降り出した。こういうときには絶対に協力者が必要だ。一人では成功することが覚束《おぼつか》ない。ドレゴは、最も信用している有能な通信員の水戸を誘うことを忘れなかった。
承前・登山事件
さすがの水戸も、いきなり門口から飛び込んで来たドレゴから、あと十分間に登山の用意をして車の中に乗り込めと命令同様にいわれた時には、何のことやら訳が分らず、しばらくは友の顔を穴のあくほど眺めるだけであった。
「水戸、そうしてぼんやりしている一分間というものが、全世界にとって如何に尊い浪費であるか、今に分るだろう。さあ、すぐ仕度に取《と》り懸《かか》るんだ、早くしろ水戸」
「ドレゴよ。何故……」
「それは
前へ
次へ
全184ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング