という話さ。いま先生に伺えば、時刻が違っているんだから、これは成立たないと分った……で先生は、それでどうお考えになったのですか」
 博士は何事かの考えに注意を奪われていた様であったがこの時、われに返り、
「おお、そのこと。その異常海底地震を、この船で詳細に調べて見たいと決心したんだ。さて海底に何事が起りつつあるか、何物が存在しているか甚だ興味のあることだ」
 と、博士は火の消えたパイプを強く吸った。

  警告の手紙

 サンキス号は、アイスランドを後にして、一路南下していった。航海は快適だった。翌朝になると、もう既に気温が五度ばかりあがっていた。海水も大西洋らしい青味を帯びた色に変った。
 ドレゴと水戸は、船の手摺《てすり》にもたれて、矢のように北へ逃げて行く海波の縞に見惚れていた。
「どうしているかなあ、ヘルナー山の上の記者たちは……」
 望郷の念に駆られたらしい、ドレゴがこんなことをいった。
「もう火災も消えたから船の中へ入って、さかんに瓦斯焔《ガスえん》切断機で鉄壁を切開いていることだろう。そして何かを発見するつもりだろう」
「ふふむ。いい手懸りの品物が見つかるだろうか」
 ドレゴは、こっちへ来て失敗したかな、ヘルナー山頂にいた方がよかったかなと、ちょっと動揺した。
「なんの、大したものは有りはしないよ。結局において彼等もまたこの大西洋へ後から追駆けてくることになるのさ」
 水戸は、そのことに信念を持っているようだった。
「なぜ、そう思うんだね」
 ドレゴは、まだ思い切れないらしい。
「だってね、そもそもゼムリヤ号はあの事件の被害者なんだから、船内を探してみても何にも有りはしないよ。参考になるのは、被害程度だけだ、それなら、われわれが外から見た結果と大した変りはない筈」
「ふうん。だが、原子爆弾の破片でも船内に残ってはいないかな、放射線をすごく出すやつがね」
「呆れたね、君は。ドレゴ記者は、まだ原子爆弾説を堅持しているのかね」
「そんな大きな眼をして僕を見詰めるなよ」
 とドレゴは恥かしそうに笑い、
「実をいうとね、僕は君の説である所の原子爆弾反対説になるべく同意したいと努力していたんだがね、ところがだ、この船に乗る直前、うちの爺やのガロが、僕のところへサンドウィッチの包といっしょに一通の手紙を持って来たんだ」
「ほう。それで……」
「その手紙の文句というのが、こうなんだ、――君は君の寝室へ飛込んだゼ号の手斧に放射能物質が付着しているかどうか確かめたことがあるだろうか、もし君がそうした注意を怠らなかったとしたら、君は今日サンキス号の客になりはしなかったろう、君の崇拝者より――というのだ」
「へえ、そいつは愕いたね」
 水戸はドレゴの顔を改めて見直した、この友は、このことをなぜ二日間も黙っていたのだろう。
「で君はどう思う」
「そういわれりゃ僕も手落があったよ」
 と水戸は手斧に放射能物質が付着しているかどうかを調べようとはしなかった点に手落のあったことを認めた。
「だがね、いつもいうことだが、そんなことは本事件の中の末梢部分なんだ、どっちでもよい、いや僕は恐らく手斧に放射能物質は付着していないと思う、それよりも問題として捨てておけないのは、その手紙を寄越した『君の崇拝者より』というやつだが、一体誰だね、君の崇拝者というのは」
「さあ、さっぱり見当がつかないよ。全文タイプでうってあるしね」
「その手紙、持っているかい」
「うん、ここにある」
 ドレゴは、ポケットから皺くちゃになった封筒を引張りだして、水戸に見せた。
 水戸は、それを拡げて見ていたが、やがてにやりと笑って、それをドレゴに返した。
「この手紙を書いたのは女だよ」
「へえ、女か、どうしてそれが分る」
「とにかく女だと分る。しかしこの警告は、果してこの女から出たか、それとも他に糸を引張っている者があるかどっちか分らない。それはそれとして、われわれは今まで少し呑気《のんき》すぎたよ。これからはもっと注意を深くせにゃならない」
 水戸は、そう言ってドレゴに警告した。
「おお君たち、わが艦隊の勢揃いを見て愕いたですか」
 背後から声をかけられて、ホーテンス記者がやって来たのだと気がついた。
「わが艦隊?」
 ドレゴが目を丸くした。
「ああ、あれだ。駆逐艦らしきものが三隻、こっちに潜水艦が二隻……」
 水戸は数えた。
「そのとおり。われわれはこの調査の遂行に万全を期している。用意は周到である。しかし君たちは、あまり大袈裟《おおげさ》だと笑うだろう」
 ホーテンスがそういった。ドレゴと水戸とは共に頭を左右に振った。
「もう調査は始まっているの」
 ドレゴが訊いた。
「観測はもう始まっている」
「何か手懸りになるようなものが出ましたか」
 と、水戸がたずねた。
「いや、まだ
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