まだ。異常海底地震帯へ本船が入るのは、今から三時間後だ」
「三時間後。ほう、もうそんなに現場へ近づいているんですか。本船[#「本船」は底本では「本舟」、34−下段−1]はトップ・スピードで走っているんですね」
 護衛艦に周囲を守られた調査船サンキス号は、一路問題の地震帯へ急行している。果してその現場にどんなものが待っているだろうか。

  遂に時到る

 船室の連絡用拡声器から、警報ブザーの音が気味わるく響いた。乗組員たちは、それぞれの胸に、どきんと不安な衝動を感じた。
「あと十五分で本船は問題の異常海底地震帯へ突入する。乗組員全部は、只今から警戒配置につけ」
 南下中の掃海船サンキス号は、俄然緊張した。船橋には船長以下の硬い顔が並んで見える。その羅針船橋より一段高い無電室が、調査団の部屋に用意されてあったが、そこには団長ワーナー博士を始め有能なる研究員たちが、めいめいの観測装置にぴたりと寄添って、さてこれから如何なる異常現象が計器の面に現れるかと、軽い身慄《みぶる》いと共にその時を待った。
 ドレゴ記者も水戸記者も、ホーテンスと同じようにこの部屋に詰めていた。三人の記者たちはその隅に塑像《そぞう》の如く停止し、ワーナー博士たちの観測を出来るだけ邪魔しまいと控えていた。
「マイナス一分三十秒。……マイナス一分二十秒。……マイナス一分一秒……」
 時計係は、自記航海図と時計とを見較べながら、刻々と迫り来る重大時刻について警告を続けた。
 誰も余計な口を聞く者はなかった。団長ワーナー博士は胸に下っている小さい送話器を握りしめたまま、微動もしなかった。この送話器は、船橋に通じていて、もし本船の安全を脅《おびやか》すような事件が近づくと看取された暁には、間髪をいれず船長に報告される筈だった。そういう報告が出れば、船長は直ちに乗組員の生命の安全のために応急処置をとるであろう。
「……マイナス十秒……」
 ドレゴ記者は緊張のあまり窒息しそうになり、ネクタイをぐいと引張って弛《ゆる》めた。ホーテンスは、右の靴の先で、軽くリノリウムの床を叩いていた。水戸記者は塑像のように硬化している。
「今だッ!」
 時計係の声は、咽喉から血が出るような声で叫んだ。
 大きな鈍い音が起った。素破《すわ》――と、水戸記者が横を見ると、ドレゴ記者が床にぶっ倒れていた。
「あ、やられた?」
 ホーテンスも、それに気がついた。そして二人の記者はドレゴの傍に膝をついた。
 ドレゴは知覚がなかった。水戸は烈しい不安に捉われた。彼はドレゴを仰向かせると、オーバーの胸をひろげ、服やチョッキの釦《ボタン》を引《ひ》き千切《ちぎ》るように外した。ワイシャツの下からドレゴの胸毛が見え出したときに、ドレゴは始めて呻り声をあげた。
「おお、気がついた。どうした。何かあったか」
「しっかりしろ、ドレゴ。何か物をいえ」
 二人の同僚は、心配と商売意識との両方に駆られ、ドレゴに顔を寄せた。その二人の鼻へ、ぷんぷんとアルコールの匂いが……。
「なあんだ、……」
「水はないか。目が廻ったんだ。咽喉がひりひりする」
「それだけか」
「おお水戸。異常現象らしいものが何か起ったね。どうだ」
「ふうん。冗談じゃないよ。てっきり君がその異常現象に喰われたと思ったんだ」
「莫迦をいえ。僕はそんなものに喰われるような間抜け男じゃない」
「いずれにしてもだ。こういうときはあまりアルコールを呑み過ぎるものじゃない。下手すれば脳溢血で、あの世へ急行だぞ」
「同感だ。水戸に同感」
 ホーテンス記者が、とどめを刺すようにいった。
 それを以てドレゴの卒倒事件は片付《かたづ》いた。彼は、大きな酔いが廻って来たところで不自然な緊張を我身に強いたのがよくなかったに違いない。さて、ワーナー博士の学者たちは、この間に何を探し当てたか。
「……」
 研究員たちは、林の如く静かであった。先刻以来、石のように固くなって微動だにしない様子だ。ドレゴの卒倒事件にさえ誰もが気がついていないと見える。
 ドレゴは起上って、隅っこの安楽椅子に自分の身体を投げこんだ。それをホーテンスの眼が抗議するように睨《にら》んだ。
「ホーテンス君。博士たちは何かを掴んだらしいね」
 と水戸は、彼の胸を引いた。
「うん。何を掴んだかな」
 そういったホーテンスは、つかつかと博士の傍へ歩み寄った。
「博士。何があったのですか、地震はどこに現われていますか」
「叱《し》ッ」
 博士は、ホーテンスの方へは振返らないで、自分の唇に人指し指をあてた。
「失礼しました……」
 ホーテンスは悪びれず謝罪してから、水戸の方へ手をあげて合図をした。
 水戸は肯いて、極度に足音を立てないように注意して、ホーテンスの傍へ寄った。
 何事も未だ起っていないようだ。だが、今《いま》正
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