ーナー博士のことか」
 と水戸は、せきこんで訊《き》いた。
「そうだよ」
「ふうん、すると大西洋の海底を探《さ》ぐるんだな」
「ほう、よく知っているね」
「ぜひ連れていって呉《く》れ。事件の鍵はあそこになければならないのだ。おいドレゴ君、君も是非行くんだ」
 水戸は何時になく昂奮して叫んだ。

  異常海底地震

 その朝、オルタの港へ、一隻の奇妙な恰好をした船が入って来て、町の人々の目をみはらせた。いやに四角ばった殺風景な船で、甲板の上には橋梁《きょうりょう》のようなものが高く組んであり、後甲板は何にもなく平らであった。白いペンキ塗装ばかりが美しく、そして船尾に目もさめるような星条旗がはためいていた。
 掃海船サンキス号だった。
 掃海船とはいうものの、この船は水上機母艦と同じ役目もやってのけた。町の人々は怪飛行機が橋桁の上にのっているのを見つけた。それがばっと煙をあげて、いきなり船を放れたのには驚いた。続いて大砲を撃ったような音が聞え、その船はカタパルトを持っていたんだと始めて気がついた者もあった。
 この掃海船サンキス号こそ、ワーナー博士調査団の用船だった。
 ジム・ホーテンス記者は、ドレゴと水戸とを伴って乗船した。そして前甲板の喫煙所で団長ワーナー博士に二人を紹介した。
 博士は白髪赭顔の静かな人物だった。
「おおドレゴ君。ゼムリヤ号事件の発見者たる名誉に輝くドレゴ君ですね」
 博士は目をぱちぱちして、ドレゴの手を握って振った。ドレゴは、少女のように耳許《みみもと》まで真赤に染めて、博士に挨拶をした。
 水戸も丁寧な礼を博士に捧げた。
「まあお掛けなさい。間もなく出港ですから」
 博士の言葉に、四人は籐椅子の上に落着いた。博士はパイプを咥《くわ》えた。
「ゼムリヤ号事件については原子爆弾説が圧倒的だった中に、水戸君はワーナー先生と同様に、大西洋にゼムリヤ号事件の鍵があると主張して断然異説をたてていた人です」
 と、ホーテンスは博士に紹介した。
「それは愉快だ。で、大西洋についてどういう予見を持っておられるかな」
 博士の問いに、水戸は何かを応えなければならなかった。
「私の説は、まだ証拠がないのですから、大した価値はありませんが、推理としてはゼムリヤ号があの事件当時居た大西洋で、まさか原子爆弾の実験が行われる筈はないと思ったからです」
「なるほどそれは同感だ」
「それにゼムリヤ号を山頂にまで吹飛ばした巨大なる力はもちろん原子核エネルギーを活用すれば得られますが、しかし原子核エネルギーは今のところ爆弾の形においてしか存在しません。で、原子爆弾を使ったとすればゼムリヤ号の船体はヘルナー山まで飛ぶことは飛ぶが、あのように船体が中程度の損傷で停っている事はないと思うのです。つまり原子爆弾の力によるものならば、吹飛ぶ前にゼムリヤ号の船体はばらばらに解体していなければならんと思うのです」
「それは卓見だ。どうぞ、もっと君の意見を聞かせてもらいたいものだ」
 博士は、水戸の説に傾聴を惜しまなかった。が、当の水戸は、そこで極《きま》りが悪そうに、微笑して、
「……たったそれだけの事なんです。お恥かしい次第ですが……。で、とにかく大西洋をよく調査すれば何等かの新しい手懸りが得られるんではないか、といったわけです」
 と水戸が新聞記者らしい率直さでぶちまければ、博士は真面目な顔で頷《うなず》く。
「それで先生の御見込はどうなんですか」
 と水戸が訊《き》く側へ変った。
「そのことだがね」と博士はいって、パイプに新しい葉をつめ、ライターで火を移したのち「これはまだこの事件に関係があるかどうか分らないが、僕が某観測所から得た報告によれば、最近大西洋の海底に小地震が頻々《ひんぴん》と発生しているのだ。それがね、従来の地震に見られる原則に対し、どういうわけか一致しない地震なんだ。何というか、異常地震というか、新型地震というか、とにかく変った海底地震なんだ」
「ははあ」
 三人の聴手は傾聴している。
「そしてね、最も興味あることは、異常地震が始めて記録されたのが、例のゼムリヤ号事件の起った日に極く近いのだ」
「それは面白い、どっちが早かったのですか、同じ日じゃなかったんですか」
 水戸は昂奮して、思わず途中で口を挟んだ。
「同じ日ではなかった。異常海底地震の方が五時間ほど前に記録されているんだ」
「五時間前! すると前日の十九時から二十時の間ですね」
「そうだ。詳しい時刻は十九時三十五分と記録されている」
「五時間も喰い違いがあると合わないなあ」
 水戸は呟いた。
「何が合わないって、水戸君」
 ホーテンスが傍から訊ねた。
「いや。つまりその異常海底地震を起したものによってゼムリヤ号が吹飛ばされたと仮定すると、この時刻がきちんと合わなければならない
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