号の遭難事件に起ったような乗組員の災禍は、優秀な緩衝帽衣によって巧みに防止された。
また艦体は、ヤクーツク[#、94−下段−19]造船所の研究の成果による最も強力な耐圧構造を持っていたので、巨大な外力を受けた瞬間に、前後に約二分の一に収縮したが、破壊を免れることが出来た。それから艦体の外部に張りめぐらされた網状の電界中和装置は、怪人集団の城塞から発射した嵐のような原子弾をよく捕捉し、中和して無害とならしめた。
「目標までの距離、五千八百……」
航海士がレーダーにあらわれた目盛を元気に読みあげたときには、艦は再び正常な航路についていた。
「……五千五百……五千四百……」
やがて再び艦が城塞までの距離を五キロに縮めたとき、又しても正面から外力によって突き戻された。
が、やっぱり同じ順序によって、艦はなお安全であり、航路を恢復した。
こんなことが前後に三時間に亙って六回も繰返えされた。だがウラル号とその乗組員は、すこしもひるむ色を見せず、執拗に城塞への肉迫をくりかえした。
「この次起ったら七回目だぜ。少々こたえるね」
ドレゴが遂に弱音をちょっぴり吐いた。
「われわれはピストンにつかまっているんだと思ってりゃ、大したことはないやね」
水戸が痩せ我慢を見せた。エミリーが二人のうしろから、火酒の壜を差出した。
「ありがとう。エミリー。君は気持は何ともないのかね」
そういいながらドレゴは壜から喇叭《ラッパ》呑《の》みをやった。
「あなたたち二人が気絶した後で、あたしはゆっくり目をまわすつもりよ」
「女は気が強いね。無理もない。大事な、殿御を先ずもって介抱する義務があるからね。おい水戸。エミリーの言葉を聞いていたかい」
「聞えたようだがね」
「僕も恋人を一緒に連れてくればよかった」
「有りもしないのに、仰有《おっしゃ》るわねえ」
エミリーがまぜかえした。
「目標までの距離、四千七百……」
航海士の声がした。
「ほほう、四千七百メートルか。これは意外だ。こんどは攻撃をくらわないぜ」
水戸が目を輝かせた。
「……四千六百……四千五百……」
艦は進力を早めて前進した。
艦内には活気があふれ、緊張の度が増した。アンダーソン教授は、怪人集団への信号を変更した。
[#以降の「――」で始まる通信文の2行目以降は2字下げ]
――あなたがたの傍まで近づいた上で、互いに十分話しあいたい。
この複雑な内容の生理電波が、彼等に理解されるかどうか、少し疑問があった。だが、それ以後においても、相手からの攻撃が起らないままに時刻が過ぎて行ったので、この信号は多分相手に理解されたことと思われた。
応答あり
城塞への距離が遂に千五百メートルにまで短縮したとき、俄かに艦内の受信器が働きだした。
――来たぞ。
――見える、見える。
――早くあれを破壊せよ。安全のために……。
――あいつらは、われわれに何かを尋ねたいといっているのだ。しばらく待った方がいい。
――何遍でもやって来るわ。
――叩き潰せ。
――いや、そっくり捉えた方がいい。
――慾張るとよくない。この前採収しただけで、十分だ。
――違った性別の生物が乗っている。あれをぜひ捕えて帰りたい。
エミリーのことをいっているらしい。エミリーはそんなことは知らないで、水戸の背中を後から抱えるようにしている。――怪人集団は、厚い綱鉄を透して艦内の様子を見る力を持っているようだ。
ワーナー博士は、艦の前方にある鋼鉄張りの窓を明けさせた。その窓のところにはテレビジョン送影機のレンズが取付けてあった。だから艦内の受影機に、近づく城塞の影が入って来た。
城塞の一部に、四角な明るい飾窓のようなものが開いていた。それはこの前に水戸が海底において認めたあの部屋らしかった。その飾窓の中には、大勢の怪人が顔をこっちへ向けて犇《ひしめ》き合《あ》っている姿が認められた。
――皆、中へ入れ。
怪人の中から、そういって叫んだ者があった。
――なぜ入るのか。
――これから大切な通信を相手へ送るんだ。さわぎ立てては困る。皆中へ入れ。
すると、飾窓のようなところへ犇き合っていた大勢の怪人たちは、ぞろぞろと、うち連れ合って、部屋を出ていった。そして後には、一人の怪人だけが残った、奇妙な器械の立ち並ぶ間に……。
アンダーソン教授とワーナー博士は、互いに身体をぴったり寄せ合い、前方を凝視している。映写幕面の上に、例の一人の怪人がやはりじっとこっちを睨《にら》んでいる。その奇妙醜怪な顔――エミリーはそれを覗いた瞬間、はげしい嘔吐を催した。水戸が愕いて、身体の向きを横にかえると、彼女を抱えてやった。
エミリーは水戸にしがみついて、歯をぎりぎりいわせた。
――停れ。停れ。
怪人が信号を出した。
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