それはこれまでにない明瞭な強力な信号だった。
 ワーナー博士はエンジン停止を命じた。
「目標への距離三百八十……」
 航海士が叫んだ。[#底本に「。」なし、97−上段−8]
 今や怪人城塞とウラル号とは、約三百メートルの間隔をおいて相対峠しているのだ。
 ――承知した。われは停止した。
 アンダーソン教授が応答した。
 ――何を尋ねるのか。
 怪人が訊《き》いて来た。
 ――貴下《あなた》達は何の目的あって、地球へ来られたのか。われら地球人類は、極力貴下達の希望に応ずる用意がある。
 この返事は、遺憾なことにその意味が怪人に通じないらしかった。こっちからは、それを繰返し信号した。
 ――分らない。
 怪人は、そう返事して来た。
 博士と教授とは顔を見合わせた。短い協議の結果、新たな信号が相手に向って発せられた。
 ――貴下達はそこで何をしているのか。
 この信号は了解されたと見え、すぐ返事が来た。
 ――われわれは動けなくて困っている。
 ――困るものがあれば、持って来てあげたいと思う。
 ――不用だ。
 ――われわれの仲間はどうなったか。生きているか。すぐ釈放せられよ。
 このうちワーナー調査団員の釈放を要請した。だがこの信号はよく通じなかった。それで繰返し別の言葉にかえて通信した。
 ――彼等は動いている。
 ようやく返事があった。
 ――すぐ彼等をこっちへ送りかえせ。
 ――否。彼等はわれわれにとって貴重な収穫だ。
 ――それは困る。ぜひ返せ。
 ――否。
 ――他の物と交換しよう。
 ――否。
 怪人は頑《がん》として、調査団員を返そうとはしない。
 ――欲しいものがあるなら、持って来てあげよう。何が欲しいか。
 ――何でも欲しい。すべてはわれわれに珍しい。
 ――よろしい。われわれは今艦内にそれを持っている。近づいて、それを渡したい。
 ――待て。……この次のことにする。君たちはすぐ帰れ。
 ――今、渡したい。
 ――帰れ。すぐ帰れ。
 怪人はやっぱり頑固にいい張る。ワーナー博士は今日の仕事を諦めねばならなくなった。
 ――では、われわれは帰る。この次は、いつ来ることが許されるか。
 ――何?
 ――われわれは明日今頃にここに来たい。
 ――明日? 今頃?
 これは始めから危ぶまれていたことであったが、相手に通じなかった。時間の単位がはっきり分からないからだ。
 ――われわれはここへ来る、太陽が再び上に来る頃に……。
 ――よろしい。分った。早く帰れ。
 ウラル号は再びエンジンを廻して、早々に怪人城塞から立ち去らねばならなかった。

  意外な行動

 ワーナー博士たちは、その翌日、まだ疲れの取れない身体に鞭打って、再びウラル号を駆って海底の冒険に乗出した。
 ところが意外なことに、昨日に引換え、今日はレーダーに怪人城塞が感じなかった。
 どうしたんであろうか。
 たとえレーダーに感じなくても、怪人城塞の位置は分っていたので、航海には困らなかった。
 現場に近づくに従って、怪人城塞が、有るべき場所から姿を消しているのが確かとなった。
「どうしたんだろうか。怪人たちは移動したんだろうか」
「でも、われわれは動けないと、咋日|滾《こぼ》していたようだが……」
「そうだったね。だが、たしかに見えない。早く傍まで行ってみよう」
 ワーナー博士たちは不審にたえない面持ちで、ウラル号を現場へ急がせた。
 現場に到着して発見したものは、潜水服に身を固めた三人の人間――ワーナー調査団員だけだった。彼等は直ちに艦内へ収容された。
 三人は救助されると、一せいに気を喪《うしな》ってしまった。が、すぐ潜水服を脱がせて、手当を加えたので、間もなく息を吹きかえした。
 二人の助手と、ホーテンス記者だった。
「いや、ひどい目に遭いましたよ。何しろ言葉が通じないのでね。一番困ったのは食事だった。妙なものを食わせられた。嘔《は》きそうになるのを、むりに嚥《の》みこんだ。死んではならないと思ったのでね……」
 と、ホーテンス記者は、すっかり憔悴《しょうすい》した顔に、持前《もちまえ》の不敵な微笑を浮べて語り出した。
「今から十時間ばかり前のことでしたよ。僕たち三名は一旦脱がされていた潜水服を着せられ、それから外へ出されたんです。おやおや、どうするつもりかなと思っていたら、それから暫くして彼奴等の船――怪人城塞てぇやつですかね――それがすうっと浮き上った。僕たちがあれよあれよと見まもっているうちに、あの船はだんだん上へあがってしまって、やがて見えなくなったんです。誰か知っていますか。あの化物たちの船の行方を……」
 誰もそれに応える者はいなかった。
 後に分かったことであるが、丁度その時刻と思われる深夜のこと、或る哨戒機《しょうかいき》が、夜空に虹のよ
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