用することができるように思った。そこで教授は、極秘裡に白亜館《ホワイトハウス》官房を訪問して大統領に面会を求めた。大統領は快く彼に会った。その結果教授の提案は取上げられ、ワーナー博士と会見して更に具体的な話を進めることになった。この日は、実にワーナー博士が水戸のために海底より救い出され、気息奄々《きそくえんえん》たる身体をサンキス号の船上に移したその翌朝のことで、当時サンキス号はアイスランド島のオルタ港へ急航の途中にあり、突然大統領からの暗号電報に接した次第であった。
 ワーナー博士は、困憊の極に達していたが、よくこの教授の説を理解し、教授に会見することと決め、この旨返電した。
 それから後は、サンキス号はオルタへの入港を取止め、そして秘密航海の途についた。またワーナー博士一行の存在もまた秘密に保たれることになったのである。サンキス号はその夜は海上に漂泊し、この翌日の夜になってテームズ河を溯江し、ロンドン港に入った。そこで博士と三名の生残った助手と、それに水戸を交えた四名が上陸した。
 このときワーナー博士は、思う仔細があって、水戸を手放し、アイスランドへ赴かせたのである。そのわけは、既に水戸がドレゴに語ったところによって朧気ながら輪郭が出ているが、或る容易ならぬ特別の使命を彼に授けたためであった。
 ワーナー博士ほか二名は、その夜飛行機で大西洋を越え、紐育《ニューヨーク》に入った、そして博士はアンダーソン教授と会見したのである。その会見によってどんなことが決ったか詳《つまびら》かでないが、それから三週間も経って、突然アンダーソン教授の対策の研究が発表せられたところから考えて、これはその日の昼間に[#「昼間に」は底本では「昼間の」、91−下段−10]相当の発展があったものと思われる。
 なお博士の発表によれば、この生理電波――と博士はその頭脳使用によっても生ずる電波をそう名付けている――の利用こそ、かの怪人とわれら地球人類の間の意志疎通を図り得る純粋通信手段だと信ずるというのである。
 教授のこの発表は、さきにも述べたように、世界的な反響は大してなかった。ただ専門家の間にはこの説を取上げ、活発な論議を行ったところもある。但し教授の説に敬意と賛意を表する学者たちが、十分の一反対し、或いは疑問を持つ者たちが十分の七興味ありとして、賛否を述べないものが十分の二あった。つまり教授の説をそのまま信ずる者は割合に少かった。
 アンダーソン教授は、その反駁にも一切応うところなく、只一回の発表で、あとは沈黙してしまった。新聞記者は直ちに教授の研究室へ駈付けたが、教授の姿はなく、その行方は知れなかった。研究室の友人の話では、もう三週間も前から教授に会わないそうであるし、研究室も鍵が懸ったままで、一人の助手さえも残っていなかったという。

  新鋭潜水艦

 ヤクーツク[#、92−上段−9]造船所製の耐圧潜水艦ウラル号が大西洋へ乗出したのは、アンダーソン教授の生理電波説の発表があってから、更に一週間の後のことだった。
 このウラル号は、ソ連船員によって運転されていた[#「されていた」は底本では「さられていた」、92−上段−16]。
 そしてこの潜水艦には十人の外国人が特別に乗組んでいた。その人たちの顔触れは、ワーナー博士と二人の助手、アンダーソン教授とその三人の助手、それからドレゴ記者、水戸記者、それにエミリーだった。ケノフスキーもその一行に加わっていた。
 この顔触れによって、この潜水艦ウラル号が一体何の目的あって大西洋へ乗出したか、その理由が想像できるであろう。
 世界に今も存在する少数の歪んだ視力の持主たちは、このウラル号を見て、ふしぎな感を懐くことであろう。これこそ呉越同舟だというかもしれない。
 だがそんな見方は、始めから誤っているのだ。今日となっては、もはや地球人類の間に呉越同舟だなんて見方は成立しないのである。いや、厳密にいえば、ずっと前からそんな悲しむべき状態は存在しなかったのである。広大なる宇宙の中に真に渺《びょう》たる存在であるわが地球、その地球に棲む人類たちが、互いに反目したってそこに何の益があろうか。宇宙は広大である。数十億数百億の恒星に付随する惑星の数は真に無数であり、それらに棲息する高等生物の数はこれまた数えることが出来ないほど夥しいものがある。その中に、わが地球人類が最高等だとは、いかなる自惚れ強き者とても考えないであろう。地球上においてはなるほど、人類が最も知能にすぐれてはいるが、この広大なる宇宙には、われら人類よりも数等数十等高級な生物が棲息しているだろうことが容易に想像されるのだ。
 そういう他の惑星の高等生物をまだわれわれが一度も見たことがないという理由によって、そういう高等生物が存在しないというものがあった
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