《な》めて、
「使うことは大有りさ。年中時期を選ばず、氷の中で漁業が出来らあね。これは大した儲け仕事だよ、年中休みなしで漁獲があるんだからね」
「えへっ、そんなに年中儲けてどうするんだ。これ以上酒を呑めといっても呑めやしないぜ」
「儲けるのがいやならいやでいいが、この砕氷船を買っとけば、いざ戦争というときには原子爆弾よけには持ってこいなんだ。ほう、あのゼムリヤ号の事さ。あんなに遠方から空中を吹きとばされ山の上にぶちあたってもすこしも壊れないですむんだ。長生きがしたけりゃ一隻買っておきなさい」
「ばかいわねえもんだ。おれは長生きしたいなんて、一度もいったことはねえぞ」
 ドレゴは、話のわからない船主の間を辛抱強く訪ねて廻って、くりかえし砕氷船の売込みに奔走《ほんそう》した。その結果、夕刻までにやっと一隻だけ、仮約束が成立した。
 ドレゴは、すっかり疲れ切って、夕暮の埠頭に沖を向いて腰を下ろした。めずらしくうすい霧が動いている。と、その向うから汽笛が聞え、一隻の汽船が入港して来る様子であった。
「あ、グロリア号だ。珍しいなあ」
 その汽船はアメリカの貨物船で、二年前まではよくこの港へ姿を現わしたものである。この頃はどうしたものか、さっぱり姿を見せなくなっていた。ドレゴは、見覚えのある奇妙な形をしたグロリア号をなつかしく眺めているうちに、いつの間にか記者へ舞い戻っていた。
「そうだ。あの船長はターナーといったな。一等運転士《チーフメイト》がパイクソン。それから事務長《パーサー》が……事務長が、そうだクレーグ。だんだん思い出すぞ。……二年も姿を見せなかったグロリア号が、なんだって突如入港したんだろう。よし、これからグロリア号を訪問してみよう」
 ドレゴはむっくり立上ると、埠頭を海岸通の方へ引返した。
 それから十五分ばかりして、ドレゴの乗った小蒸気船が、港内浮標に繋留せられているグロリア号に近づいていった。
 舷梯が下ろされていて、その下に二隻ばかりの小汽艇が横づけになっていた。ドレゴはその外側に艇をつけさせ、先着の小汽艇を越えて舷梯の下へとりついた。
 舷梯を登ろうとすると、なかから数人の者がどやどやと下りて来た。ドレゴは横にのいて、彼等を通す道をあけた。厚い外套を着て、就中包帯だらけの人物が、その中に交っていた。負傷者らしい。上陸してすぐ病院に入るのであろう。その包帯をした男は、ドレゴの前まで来ると、どうしたわけか棒のようにしゃちほこばった。
「痛むかい」
 彼の介添と思われる船員が、うしろから声をかけた。
「いや。……ちょっと眩暈《めまい》がしただけ……」
 その包帯男は、よろよろとなってドレゴの身体にちょっとぶつかったが、
「あ、危い」
 と、彼の介添者に支えられて、小汽船へ乗り移った。ドレゴは、通り路があいたので、舷梯をとことこと登っていった。
 舷梯を上り切ると、ターナー船長が立っていたので、ドレゴはほっと安心の声をあげて船長の手を握った。
「やあ、ドレゴ君だったね。アイスランド火酒の味が忘れられないで、またやって来たよ」
「船長、二年間も忘れているなんて、そんな法はないですよ。なんだって永いこと、来なかったんですか」
「会社の重役に訊いてくれたまえ。わしたちは命ぜられなければ、行きたいところへも行けないんでね」
「こんどはどうして来たんです。特別の使命ですか」
「可哀そうな記者君。君たちは地獄の港までも紙と鉛筆を持って行くつもりなんだろう。……魚油と毛皮と、それから例の火酒を少々貰いに来たのさ」
「それだけですか。もっともこんな船じゃあね……」
「こんな船とは……」
「船長、ゼムリヤ号のことは知っているでしょう。すばらしい耐圧力を持った砕氷船でさ。あのゼ号よりもっと強靱な船を買いませんか。ヤクーツク[#「ヤクーツク」は底本では「ヤークツク」、以降同様、79−下段−21]造船所製のすばらしいやつですぜ」
「おや、君は記者の方は廃業したのかね。いつブローカーになったんだ」
「今日からブローカー開業ですよ。これからの安全航海には、ぜひあのような耐圧力の大きい船が必要なんです」
「そうらしいね。こんど本国へ帰ったら重役にそういう船を買うよう話をして置こう」
「あっ、そうだ」
 ドレゴが頓狂な声をあげて船長の腕をおさえた。
「船長。この船はアメリカからこのアイスランドへ直航したんでしょう」
「そのとおりだ」
「そうでしょう。じゃあ大西洋の真中を通って来たわけだ。何か見たでしょう、ものものしい風景を……」
「ははは、あれかね。怪人集団の一件だろう」
 船長はにやにや笑った。
「見ましたか。どんな風だったですか」
「やあ、あれには愕いたね。午前二時頃だったね、わしたちが気がついたのは……」
「ほう。それで……」
 ドレゴは、大きな魚が
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