ひっかかったので大昂奮の態で、顔を真赤にしている。
「……飛行機の爆音が夜空を圧しているのに気がついた。夥しい飛行機だ、四発の……。それでこれは演習かな、それとも遂に何事か始まったかなと思った。こっちが爆撃せられちゃたまらんから、わしは全船室に点灯を命ずると共に、探照灯のスイッチを入れて、飛行機の音のする方を照射させた」
「ほう。見えましたか」
「見えたね、銀翼がきらりと光った。飛鳥の群が空へ飛上ったかと思われるような光景だった。四、五十機は見えたがね、それが大体五百メートルぐらいにつっこんで来て、何かをぽいと放り出すんだ。と、落下傘が開いて、そのものがふわふわと暖かい海面へ落ちて行く。何だろう、あれは……。食糧投下かな、それとも機雷投下か。わしたちは船橋に固まって、今にも爆発音が起るかと耳と目とに全神経を集中していたが、一向爆発の起る様子もない。ふしぎだわいと首をひねっていると、大きな声がして無電局長がとびこんで来た。“船長、空中からの命令の無電です。すぐ探照灯を消せといって来ました。これが命令です”。わしは受信紙をとって読んだ。絶対の命令だ。違反すれば、軍行動の妨害者と見なすと注意がしてあった。わしは愕いて、すぐさま探照灯を消させた。わしが見たのはそれだけだ。その後も頭上ではいつまでも飛行機の音がひっきりなしにぶんぶんいっていたがね」
船長の顔が夕闇の中に溶けこんで、その表情が見えなくなった。
「すごいことでしたね。一体それは何だったんでしょう」
ドレゴは吐息と共に訊《き》いた。
「解釈は君の勝手さ」
「――その地点は……」
「間違いなく例の海域だった」
「機雷攻撃ぐらいで、あの怪人集団が参るでしょうか」
「機雷じゃないと思うね。水中爆雷でもない。もっと別のものだろう」
「船長は、それが何だと想像されるんですか」
「今もいうとおり、解釈は君の勝手さ。しかしねえ、ちょっと面白いことがあるんだよ」
そういって船長、暗闇の中にライターをかちっといわせて、煙草に火をつけた。
「君の身体がひまなら、無電局長のところへ行って、船長から聞いたが面白いものを見せてくれといってみたまえ」
テレビジョン傍受
ドレゴは、それを聞くと、猟犬のように甲板を走り、ラッタルを駈上って、無電室の扉を叩いた。
「ほっほっほっ。君は運のいい男だよ、ドレゴ君」
と、局長のブラウンは笑いながら、彼を奥の部屋へ引張っていった。そこは通信機器の修理室らしく、ごたごたとフレームが置かれ、リノリウムの床の上には電纜《ケーブル》や工具類が散らばっていた。
局長は、そのフレームの一つの前まで来ると立停って、指した。
「この機械は何だか分るかね」
「いや、分らないね。僕はさっぱりだ、この方面のことは……」
「これはテレビジョンの受影機なんだ。航海中アメリカやイギリスのテレビジョンを受けようと思って、僕が試作中のものなんだ」
「テレビジョン? 遠方の光景を映画のようにうつして見える器械のことだったね」
「そのとおり。この映写幕にうつるのさ」
局長ブラウンは、ぴちんと音をさせて、スイッチを入れた。するとしばらくしてその映写幕が光り出して、その上に、波のような模様が忙しく流れだした。
「今、この映写幕の上に映像がぴったりと停るだろうが、そうしたら君は、そこにうつっているものが何であるか、いい当ててみたまえ」
局長はそういうと、フレームの横に中腰になって、目盛盤をしずかにうごかしていった。ドレゴの目に、沢山の縞目がゆるやかになって来て、やがて映像が幕の上にぴったりと固定するのが分った。
「ほう、何だろう、これは……」
映写幕にうつっているものは、どこか草原の風景らしくある。草の生えている向うに錆びついたボイラーのようなものが、どしんと腰を据えている。空はあまり明るくない――いや、突然その空に、扁平な鯛のような魚群が現われ、幕面を占領してしまった。と思ううちにはやもうボイラーの上をとび越えて、煙のようにかすかになり、やがて姿を消した。
「どうだい、ドレゴ君分ったかね」
「ふしぎな光景だね。これはトリック映画だろうか」
「とんでもない。実写だ。而《しか》も現に今起りつつある実景だ」
「だって変だぜ。魚の大群が空を飛んでいる」
「空ではない、海水の中だ」
「えっ、海水の中をだって、だだっ広い草原がつづいていて、魔物のボイラーかなんかが放り出してある……」
「違うよ。これは海の中の光景なんだ。名誉ある記者ドレゴにも、やっぱり分らないんだね。よく見たまえ、草原じゃない、海底だ。だから魚群が現われたって、すこしもふしぎではない」
「が、海の中がこんなに明るいだろうか」
「赤外線で照射してあるから、明るくうつるんだ」
「ふうん。すると……すると、あのボイラーみたいなものは
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