、やがて元のようにぴったり閉った。そしてそのあたりは再び暗黒の世界に戻った。
 例の飾窓みたいな所だけは依然として灯がついていて、無気味な赤味がかった光を外に投射している。水戸はその影線を選びつつ、しずかに匍出《はいだ》した。彼は観測器械の据付けてあるところまで後退しようと考えた。
 飾窓みたいなところから投射する光に捉えられないために、彼は海底を大まわりしなければならなかった。それはかなり苦しい匍匐《ほふく》だった。彼は海によったような気がしながら、泥を掻いて後退して行った。
 一つの丘があって、昆布の叢がゆれていた。その向側へ滑り落ちるようにして匐い込んだとき、彼はようやく安心感を得た。それまでは、いつ背後から怪光線をあびせかけられるかと、気が気でなかった。
 彼は始めて上半身を起して中腰になった。中腰といってもぎこちない空気服を着ているので事実は寝ているようなものだった。そしてまた後退をつづけた。
 と、彼はすぐ傍の岩の蔭に空気服を着た一人の隊員が倒れているのを発見して、たいへん愕いた。
(誰だろう?)
 水戸記者はその方へ歩み寄った。相手は倒れたまま動かない。死んでいるのかなと心配しながら、ようやく傍へ寄って相手の身体を抱えて起してみた。
「おお、ワーナー博士だ」
 博士であった。博士もまた既に怪人団のために搬び去られたものとばかり思っていた水戸は非常に意外にも感じ、そして大きな拾い物をしたことを悦んだ、だが博士はぐったりしている。気をうしなっているのか、それとも既に事切れているのか。
「博士。ワーナー博士、しっかりして下さい」
 水戸は、博士の身体を空気服の上から強くゆすぶった。が、反応はない。こんどは潜水兜の上から、とんとんと叩いてみた、それでも博士は気がつかない。
(死んでしまったのかもしれない。もしそうなら、なんという大きな損失だろう)
 水戸はやむなく博士の遺骸を背負って後退をつづけることに決めた。彼は博士の一方の腕を持って、博士の大きな身体を背中にかついだ。重かった。水戸の肩は裂《さ》けそうに痛んだ。四五歩前進したとき、彼の足の下に軟体動物を踏付けたらしく、あっと思う間もなく足を滑べらせ、とたんに身体の重心を取られて、博士を背負ったまま派手に顛倒した。
「ううっッ」
 何が幸いになるか分らないもので、博士の身体は背負投げを食ったように大きく半回転して海底に叩きつけられたが、そのはげしい衝撃によって今まで喪っていた意識を恢復した。
 博士の身体が動き出したのを、水戸記者はすぐに見て取った。彼は喜びの声をあげて、博士に抱きついた。
「ワーナー博士。気がつきましたか。僕は水戸です。お怪我はありませんか」
「ああ、水戸君か。ここ……ここは何処なのかね」
「もうすぐ観測器具を置いてある根拠地ですが……」
「ああ、そうか。やっぱり海底だね。皆はどうした、隊員たちは……」
 水戸は、それについてすぐ応えるべきことばを知らなかった。それを聞けば博士はどんなに嘆くことであろうか。

  宿命の第一|頁《ページ》

 水戸記者は、苦しさを怺《こら》えながら、博士に一伍一什《いちごいちじゅう》を物語った。博士は、大きな溜息をくりかえしながら、部下たちの落ちこんでいった恐ろしい運命に耳を傾けた。
「まあ、こんなわけですが、博士はどうお考えになりますか、あの海底に棲む怪物団の正体を……」
 と、水戸記者は、報告のあとで彼の一刻も早く知りたいと思っていることをワーナー博士に質問した。
 これに対し博士はしばらく沈黙を以てうなづいた。そしてそのあとで呟《つぶや》くようにいった。
「アメリカ・インディアンは、コロンブスの船が着く以前において、この世の中に白人というものが存在することを知らなかった。インディアンとしては、それは無理もないことだと思う。当時のインディアンは驚愕と茫然自失の外に、途がなかったのだ。しかしわれわれの場合はどうであろうか」
「なんといわれます?」
 水戸は問い返さないでいられなかった。
「新しいコロンブスは、地球の外から到着したのだ。遂に到着したのだ。われわれは、昔のインディアンと同じような驚愕と困惑にぶつかった。だがわれわれは昔のインディアンの場合とは違い、実は新しいコロンブスのやがて到来するだろうということを予想し得る能力を備えていたのだ。それにも拘らず、われわれはその用意がなかったのだ。私はある天文学者が遙か以前においてそれに関する警告を発したことを憶えている。しかしわれわれはその可能性を肯定したけれど、まさかそれが、われわれの時代に実現するとは思わなかった。だから、新しいコロンブスを迎える用意は全然していなかったのだ」
「新しいコロンブスというのは何者ですか」
「ああ、それは……」博士は呻《うな》り声をあげ

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