だ。しかしあの上の怪しげなる怪物の姿を永く見つめていると、本当に気が変になりそうである。彼は目を閉じようとしたが、それは出来なかった。大きな恐怖がそれをさせないのであった。
が、これらのことは、後から考えると、彼の驚愕と戦慄のほんの入り口に過ぎなかったのである。――突然、その飾窓のようなものから、探照燈のような強い光線が水戸の頭上を飛び越してさっと外へ投射された。すると前方が真昼のように明るくなった。濛々《もうもう》たる軟泥はいつの間にか沈殿したものと見え、海水は硝子《ガラス》のように澄みわたっていた。そして嗚呼《ああ》、水戸は懐《なつか》しい者の姿を見たのであった。潜水服に潜水兜をつけたワーナー博士の海底調査隊の数人の姿が、この光芒《こうぼう》の中にありありと捉えられた。彼等は水戸の横たわっているところから約二、三十メートル距《へだた》った地点を、ばらばらになってこっちへ進んでくるところのように見受けた。しかし彼等は、見る見るうちにばたばたと相次いで倒れた。何人かは起きあがろうと努力しながら力がなく、またばたりと倒れて了《しま》った。
水戸は、彼等が怪物たちが放出する光線か何ものかのため、身体の自由を失ったのであろうと察した。ああ、いつの間にか恐るべき争闘がこの深海底で始まっていたのである。ワーナー調査団対怪物団!
水戸は、今も自分が怪物団に見つけられはしないと危惧《きぐ》しながらも、その位置を動くことはしなかった。もし動けば、たちまち見つけられそうであった。このままじっとしていれば、灯台下暗しで、もう暫くは見つけられずに済みそうな気がした。
怪物たちは、飾窓のようなものの中でざわめき立ち、頭を寄せ、鞭のような細い手を互いに絡《から》みつかせて協議をしているように見えたが、やがてそれを解いて、ぞろぞろと奇妙な歩き方をして奥へ消えた。
「今だ」
と、水戸記者は思った。彼はむっくり起上って、始めてあたりをよく見廻した。そこで一切の事情が分かったような気がした。水戸が今まで横たわっていたところは大きな城壁の真下ともいうべき場所だった。その城壁は相当の高さであって、頂上は見えなかった。また左右のひろがりも見極めかねた。とにかく巨大な艦船みたいなものがこの海底にどっしりと腰を据えていることは確かであった。そしてそれには今も明るく外へ光を出している飾窓のようなものがあるのだ。さきに、超音波の方向探知機で探しあてたものは正にこれに違いなかったし、そして当時想像していたよりも実物はずっと巨大なものであった。
突然大砲を撃ったような大きな音が聞こえた。そして水戸が立っているところから十メートルばかり横のところが爆発したように思った。水戸は周章《あわ》ててその場に寝た。
それは爆発ではなく、多量の空気がぶくぶくと噴出したのであった。間もなく城壁の一部ががたんと外《はず》れて横たおしになった。それはお城の吊橋《つりばし》を下ろしたような工合のものであった。果たして中から、どやどやと数人の姿があらわれて海底に立ったその姿をよく見ると、まるで大きな南京豆《ナンキンまめ》を縦にしたような形をしていた。そしてその下部や胴中から、細い肢や手のようなものが出ていた。これは例の怪物が潜水服を着た姿なのであろうと、水戸は諒解した。
怪物の一隊は、ぞろぞろ歩きだした。その向かうところを辿って行くと、ワーナー調査団の連中の倒れている場所が彼等の目的らしく思われた。一体何が始まるというのであろうか。
怪物どもは、ずんずん歩いて行って、やがて目的の場所へ着いた、すると彼等は、倒れている船員を軽々と引張って、こっちへ引返してきた。水戸は城壁の中に引きずり込まれた五名の仲間を数えた、もうそれでお仕舞かと思って前方の海底原を見るともう一組だけが残っていた、と、その一組が突然格闘を始め、怪物対人間の死闘であったが、人間は怪物の敵ではなかった。忽ち人間の方は、怪物にのされてしまい、怪物は倒れた人間の足を肩にして逆《さか》さに担ぎ、悠々と城壁へ戻りついた。
「あ、ホーテンスだ」
逆さになった潜水服の硝子越しに、水戸はホーテンスの無念の顔をちらと見た、だがどうする事もできなかった。
後退の努力
水戸記者は、よっぽどその場に躍出し、ホーテンス記者を奪還しようかと思った。だがそれを決行する一歩手前で思い停った。ホーテンスが、あの怪しい海底の城塞みたいなものの中へ俘囚《ふしゅう》として連込まれるのを見るに忍びなかったけれど、もし今起出せば、水戸自身もやっぱり俘囚の仲間入りをするに決っていた。だから忍び難いことだがここは一旦|怺《こら》えなければならないと思ったのである。
海底城塞の掛橋みたいなものは、ぎいっと怪音を発して、軟泥の嵐をまき起しながら大きく動いて
前へ
次へ
全46ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング