没船の如き異様な物体だと判定したからであろう。
すると沈没船が、あの異常振動を出すのであろうか。
とにかく振動源の方向に、その沈没船らしいものが横たわっているので、博士は警戒を命じたものに相違ない。すると、そこまで行きつけば、その正体も、振動源の謎も解けるかもしれないのだ、いや、ひょっとしたら怪奇を極めたゼムリヤ号座礁事件の真相さえが、快刀乱麻《かいとうらんま》を断《た》つの態で解け去るかもしれないのだ。水戸記者は、轟く胸を抑えつつ軟泥を蹴って前進した。
一行が、それから百歩ばかり前進したとき、突然ものすごい地震が起こり、軟泥は舞上ってロンドンの霧のようにあたりに立罩《たちこ》め、各自の携帯燈は、視界を殆ど数|糎《センチ》にまで短縮し、一同は壁の中に閉じ込められたようになった。と同時に連発するものすごい地震は、非常な不安を起させ、誰もそのまま立っていることが出来ず、海底にドラム缶を転《ころ》がしたように横になった。
水戸記者は誰よりも早く転がった方であるが、それは彼が誰よりも早く恐怖に陥ったというわけではなく、かねてこういう場合に迅速に姿勢を低くすべきであると考えていたことを実行に移したばかりであった。
が、潜水服を通じて、彼の五体に伝わって来る強い振動は、決して愉快なものではなく、彼はもうすこしで下痢が起こるような気がしたほどである。
やがて振動はぴたりと熄《や》んだ。
「ほう、助かった!」
誰も皆が、そう思ったに違いない。が軟泥は濛々《もうもう》とあたりを閉じ籠め、視界は全く利かず、生きた気持もなかった。
と、突然水戸は背後にがんがんと連続的な衝撃を受け、身体がくるくると回転を始めた。彼の手が空間で石のようなものに触れたが、思わず手を握ると、手の中ではたはた動くものがあったので、彼は背後から魚群に突当られたことを諒解した。
くるくるくると水戸の身体は転がって行く。何処とも行方は知らずに……。
幸いにも、やがて身体が転がるのは停った。彼は疲れ切ってしばらく寝たまま休んでいた。目は開いてはいられず、動悸がはげしく打って、重病人になったような気がしてならなかった彼はゴム管を咥《くわ》えて、水を吸う元気さえなかった。
そのような困難のうちに、時間が過ぎた。十分間だか、三十分だか、それとも一時間だかも分らなかった。突然彼は瞼の下に痛いほどな眩しい光を感じて、はっと目をあいた。
「あっ!」
彼は思わず愕きの叫び声をあげた。信じられない位の意外な光景が、転がっている彼のすぐ上に展開しているのだった。そこには幅の広い大きな飾窓のようなものがあって、内部は舞台のように明るく照明されていた。そして複雑な器械類は、いまだかつて実物はおろか写真によっても見たことのない奇形な形をしているものばかりで、何に使うものやらさっぱり分りかねた。
(一体ここはどこだろうか。あの明るい部屋は何だろうか)
彼は自分が海底に寝転っていることを再認した。これはあまり時間を費《ついや》さなかった。しかしその明るい部屋が何処であるかについてはすこしも心当たりがなかった。
(待てよ。前方に沈没した船のようなものが海底に横たわっているという話だったが、その沈没船かしら。いや、沈没船がこんな明るい部屋を持っているわけはなかろう)
彼は自分の頭脳が機能を半分も失っているような気がして残念でならなかったが、ようやく気がついたことは、前方の海底に横たわっているといわれたのは実は沈没船ではなく、なんだか訳は分らぬながら、それは今頭上に見えている明るい部屋を持ったものであること、そして今自分はその窓らしいものの下に横たわっているのだと悟った。
(沈没船でないとすると、一体これは何であろうか。もしや海底の要塞でもありはすまいか)
そう考えついて、彼が瞳を見張ってその明るい飾窓のような部屋の中へ懸命の視力を集めたとき、彼は再び叫び声をあげなければならなかった。
「おやっ。あれは何者だ。あの異形の者は……」
どこから現れたか、明るい部屋の器械の間に、人間の頭部の二倍もあるような大きな頭を持ち、そして顔といえば蛸《たこ》に嘴《くちばし》が生えたような怪しい面つきで頭部の下は急に細くなって高麗人参の根をもっと色を赤くし、そしてぐにゃぐにゃしたような肢体を持っている怪物が四つ五つ、身体を重ねるようにして立って、こっちを向いていたのであった。
深海の争闘
「おお、あれは何者か。妖怪変化か。自分は気が変になったか。それとも悪夢を見ているのだろうか」
水戸記者は激しい戦慄《せんりつ》に襲われながら、真相を知ろうと努力した。
だがそれは夢ではなく、また気が変になったせいでもなかったらしかった。現実なんだ。自分はありありと、海底における怪奇極まる光景に接しているの
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