「それは何者であるか、不幸にして私は知らない。しかしこれだけは分っている。その新しいコロンブスたちは、地球以外の惑星に生を受けた生物であること、それからその生物たちは多分われわれ地球人類よりもずっと知能が勝れているということ――これだけは確かだといえよう」
「すると、さっき私たちの見たのは、あれは火星人だったのでしょうか」
水戸がせきこむようにして訊《き》いた。
「火星人? さあ、どうかなあ」博士はすぐには肯定しなかった。
「火星人かもしれないし、そうでないかもしれない」
「ですが、火星は、わが地球に一番よく似ていて、そこには植物が繁り生物が棲息していることは前からいわれていたではありませんか。ですから、地球の外から到来する可能性のある者といえば、火星人なんじゃありませんか」
「さあね。もしあれが火星人だとしたら、まだ問題は軽い方だ」
「問題は軽い方だ? すると博士は、彼らが火星人でなく、他の生物だとおっしゃるのですか。そういう可能性もあるのですか。一体彼らはどこから来た生物だとお考えなんですか」
「水戸君。生物が棲息し得る惑星というものは、何も火星だけに限らないのだよ。なるほどわが太陽系においては、生物の棲息し得る惑星、わが地球と火星とをおいて、その外には見当らないかもしれない。だが大宇宙は広大だ。そこには二百億個以上の恒星が眩しく輝いているのだ。つまりその二百億個以上の恒星や太陽の中には、地球や火星の如き生物棲息に都合のよい大気圧や気温や環境を具備した惑星を率いているものが相当にあると考えられるではないか、いわんやわが太陽の如きは、恒星の中でも極く小さい方だ。それでいて、ちゃんと生物棲息の条件を備えた二個の惑星を持っている。それなら、他の太陽の中には、もっと夥しい数の、かかる惑星を抱えていると考えられる。つまり大宇宙には、本当に数え切れないほど無数の生物があると思っていいのだ」
「なるほど、それは気味のわるいことですねえ」
「気味のわるい以上のものだよ。そういう生物は、われら地球人類と同等の知能を持っていると考えるだけでは正しくない。彼らの中にはわれら地球人類以来の歴史たる二万年よりももっともっと夥しい年代を経ているものも少くないであろう。従ってその知能や文化程度においては、とてもわが地球人類の及びもつかない程、高級の生物たちであると推定して差支《さしつか》えないと思う。恰も猿対人間、いやそれ以上に知能の差があるのではないか。さあ、そういう場合、劣等なるわれら地球人類は一体何をなし得るだろうか」
「何という淋しいことでしょう」
水戸記者は大きく溜息をついた。
「絶対無抵抗の外《ほか》なしだ。絶対服従だ。わが地球全土は、われら地球人類もひっくるめて、彼らの意のままに従わなければならないのだ」
「ああ、何という恐しいことでしょう。僕はそういう局面にめぐり合いたくない」
「が、それが、やがてわれら地球人類の迎えなければならない運命なんだ。好むと好まざるとに拘《かかわ》らず……」
「博士。ちょっと待って下さい。博士が今おっしゃっていることは予想です。それは夢です。われら[#「われら」は底本では「わられ」、67−上段−18]はまだ、何も現実に彼らによって征服されたわけでない。新しいコロンブスの船らしいものが今この海底に来ていることは来ているようですが、彼らはまだほんのちょっぴりの交渉を持っているだけです」
「だが、それは、疑問に包まれた恐ろしき運命の第一頁が開かれたることを意味する」
「でも、先生。われらのやり方一つで、その新しいコロンブスと平和的な交際を取結ぶことが出来るんではないかと思うんですがね」
「それはねえ水戸君。それは希望的観測というもんだよ。われわれは優れた者の持つ力の働く範囲と程度とを冷静に観測し、そして最悪の場合を予想して置かねばならない。何しろわれわれ地球人類の間には、地球外の生物を迎えるための用意が少しもなされていない事実に、深く思いをせねばならない」
「そうでもありましょうが、われわれは努力によって好転させる可能性があるように思うんですがね。地球の全人類が共に血のつづいた同胞である如く、全宇宙の生物の間にも、当代同胞としての自覚が樹てられる筈、だから仲よく手を握りあえないことはないと思うんですがねえ」
「それはそうだが……」
「全宇宙のどこの隅にも不幸な者があってはならないのです。そういう不幸な一部があるということは、所詮宇宙の不幸なんですからねえ。この理屈は、如何なる時代にも、如何なる相手にも納得されることだと思うんですがねえ」
「水戸君。君のその信念は正しいと思う。そして君の熱情が、われわれが今怯えている影を吹き払って、われわれを不幸から救ってくれることを祈る」
「ええ、こうなったら、僕は一身を投げて
前へ
次へ
全46ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング