どうしましたか……」
そういわれてドレゴは、釣りあげられた鯉のように「ああ……ああ……」と口を大きく開いて喘《あえ》いだ。訳は分ったのだ。エミリーの待ちこがれていたのはドレゴにあらずして、実はもう一つの紅い花がたくさん挿してある花束を捧げる筈の人物の方にあったのだ。――「すると、僕の方はまだ別の美人に希望を持っていいのかな」と、ドレゴは往生際《おうじょうぎわ》が悪かった。それに止めを刺すかのようにエミリーが早口に喋りだした。
「あたくし、がっかりしましたわ。ドレゴ様とあろう方が、気がおききになりませんのね。あたくしの手紙をごらんになり電報をお読みになれば、あなた様が必ず水戸さんを連れて帰っていらっしゃらなければならないことは、お分りの筈じゃありませんか。あたくし――」
「まあ待ってくれ、エミリー」
ドレゴは顔に汗をかいて、首をふりたてた。
「だってそれは無理だよ。あの手紙や電報では、そんな意味には取れやしない」
「そんなこと、ございませんわ。あなた様は水戸さんの唯一無二の御親友で……」
「唯一無二の親友であっても、そこまでは気がつきやしないそうだよ、ね。第一その手紙には、“あなたの崇拝者より”としてあるから、僕はてっきり僕の崇拝者が僕を呼んでいるんだと思った。このことは、はっきり分かるだろう、え」
「だって……」
「だっても何もないよ。僕の崇拝者でもないくせに、なぜ僕宛に“あなたの崇拝者より”なんて書いて寄越すんだい」
「あたくしは、あなた様も大いに崇拝いたしておりますわ」
「えっ、それはややこしいね」
「――だってあなたさまは愛する水戸の唯一無二の親友でいらっしゃいますものね」
「たははは……」
ドレゴはここで完全にエミリーから引導《いんどう》を渡されてしまった。彼はまといつくエミリーを汗だくだくで振り切って、すたこら自分の邸へ逃げ帰った。
もちろん彼はそれからバッカスの俘囚《ふしゅう》となって、前後を忘却するほどの泥酔に陥った、が翌朝早く彼は自分の寝台にぱっと目を覚ました。そんなに早く彼が酔後の熟眠から目覚めることは従来の習慣上なかったのであるが、その朝は不思議に目がぱっちりと開いた。何者かが、彼の本性に警報を発したからに違いない。
彼は起き上がって暖炉の前に腰を下ろすと、下紐を引いて人を呼んだ。
ガロ爺やは坊ちゃま御帰邸のよろこびを懸命に怺《こら》
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