翻意をするようになったわけは、その前夜、アイスランドから一通の無線電信を受領したことに拠《よ》る。それは差出人が匿名で、ただ“汝の崇拝者より”とあるだけであったが、電文は左のとおりであった。
“愛スルドレゴヨ、コレガ第二ノ警告! ゼ号ノ秘密ハ当地ニ於テ今ヤ解カレル一歩前ニアリ折角ノ名誉ト富ヲ捨テル気カ、スグ帰レ、花ヲ持ツテ待ツ、汝ノ崇拝者ヨリ”
 これを受け取ったドレゴは一夜を悩み続けた末、今朝になって、とうとう帰国する気になったのだ。彼は水戸を誘ったが水戸は応じなかった、こうしてオルタの町の仲好しは一時北と南に別れることとなった。水戸はドレゴに花を持って迎えるという彼の崇拝者に対し十分注意を払う様にと忠言することを忘れなかった。
 下船のとき、ドレゴは滂沱《ぼうだ》たる涙と共に水戸を抱いて泣いた。彼は帰りたくもあったが、しかし水戸を只ひとりで非常な危険へ追いやることの辛さ故に泣いたのであった。
「水戸。危険な仕事は出来るだけ早く切り上げて、オルタの町へ帰って来てくれ。僕はそれを待っているぞ」
 ドレゴは水戸の両頬にいくども熱い口づけを残して、遂に去った。そのとき彼の心に、美しい花束を抱いた若い女の幻がちらりと浮かんですぐ消えた。
 午前八時、サンキス号は護衛艦隊に護られ再び南下を企てた。作業の現場に着くまでに、約二時間の余裕があった。
 十一名の壮行者からドレゴが減って、十名となった。ドレゴの補欠を希望する者は出て来なかった。誰でも、危険極まりなき大西洋の海底を散歩することは気が進まなかったからだ。隊員は早速身仕度に懸かった。芋虫とビール樽との混血児のような頑丈な潜水服をつけて、甲板に一列にならんだところは、壮観ともいえ、また悲壮の感じも強く出た。この潜水服は背中に圧搾空気タンクを持っていて、外から送気しなくとも自主的に呼吸が続けられる仕組みとなっていた。
 午前十時半、現場へ到着。
 現場の空は、飛行機で警戒せられていたし、海面は護衛の水上艦艇にて、海中は潜水艦が五隻も繰出されて一入《ひとしお》[#底本ルビは「ひといり」、47−上段−9]、警戒は厳重であった。
 留守組の観測班員は、捕えた気象水温その他の数値を刻々と博士に報告した。
「諸君」
 と、博士がマイクを執《と》って、整列している隊員に呼びかけた。
「本日は例の異常海底地震を全く感じない。といって安心す
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