それそれ。そこへおいておけ。その椅子のうえに――」
「はあ、ではここに」
彼女は僕に会釈して船室へひきかえした。僕は、うしろから追いかけていって連れもどしたい衝動にかられた。
「いまのお方は、先生のご令嬢でいらっしゃいましょうか」
僕は、おもいきって、重大な質問の矢をはなった。
「誰? あああの女かね。あれはわしの助手をやっとる志水理学士じゃ」
助手なのか。志水理学士――なるほど、そういえば新聞などに時々博士と名前が並んでいる記憶があった。
轟博士は、僕の心のなかの動揺などにはいっこう無頓着に、
「おい君。君は地震を研究するにしても、あまり加瀬谷の学説などを鵜のみにしていちゃとてもえらい学者になれんぞ。当の加瀬谷にしてもそうじゃ。昔からせっかくわしが注意をあたえているのに、その注意を用いないからして、いまだに平々凡々たる学者でいる」
轟博士は、いいたいことをずばりといって平気な顔をしている。師の悪口をいわれて、僕は内心おだやかではなかった。
「いまおっしゃいました加瀬谷先生へのご注意というのは、いったいどんなことですか」
「それかね。それは――」といいかけて博士は言葉を切った
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