、ほら、これが火星の文化だよ。さあ、これでも信じないかねといってやりたいのだ」
 火星の文化! 船みたいなもので交通しなければならぬほどの未開な火星ではない! 轟博士の言葉の奥には、わが地球人類にとっておだやかならぬ秘密の実在があるらしく感じられるのであった。
 はたして博士は、何事を知っているのであろうか?

     火星の秘密

 かわり者の轟博士が、火星の秘密をあえて喋ろうとしない態度をみせると、僕は逆に、なんとしてもそれを聞きださずには我慢ができなかった。しかもそれを聞く機会は、この場において外にないような気さえした。
「ねえ、轟先生。さっき先生がおっしゃったことに、私ども地震学者も火星のことを考えに入れてやらねばまちがいが起るといったような意味が感じられましたが、それにまちがいはありませんですか」
 僕は、すこし思う仔細があって、わざと搦んだもののいい方をした。
「わしのいうことに、絶対まちがいはない。加瀬谷は、それを信じなかった。あいつは見かけ以上の愚者じゃ」
「でも先生、私にも信じられませんね。わが地球の海底地震が、なぜ火星と関係をもつのでしょう。火星と関係をもつならば、地球にもっと近い月と関係をもちそうなものではありませんか」
「ばかをいっちゃァいかん、月には、生物が棲んでいるかい。問題にならん」
「じゃあ火星には生物が棲んでいるのですか」
 僕はここぞと切りこんだ。
 博士は、うーむと呻った。手応えがあったのだ。僕の胸は早鐘のようにおどる。
「いかにも、火星には生物が棲んでいる。生物が棲んでいるから文化もあるんじゃ。では一つだけ君に話をしよう。さっき君がいいだした火星の運河といわれる黒い筋の話だが、わしの研究によると、あれは原動力輸送路だ。これに似たものをわれわれ地球上に求めると、送電線とかガス鉄管とかいったものがそれにあたる。だが火星では、電気やガスを原動力としてはいない。そんなものよりも幾億倍も大きな或る力を原動力としている。どうだ、わかるかな」
 轟博士は、奇想天外なことをいう。電気やガスなどの幾億倍も強大な原動力などというものがこの宇宙に存在しうるのであろうか。僕はあまり意外で、返事をしかねていると博士はまた口を開いた。
「あの原動力輸送路が、網状をなしているのは、なぜだとおもうか。あれは原動力を、必要によっていつでも一つところへ集めるためじゃ。あの輸送路が東西南北から[#「東西南北から」は底本では「西南北から」]集った交叉点においては、わが人類の頭では到底考えられないほどの巨大な力が集るのじゃ」
「そんなに巨大な原動力を、火星の生物はどういうことに使うのですか」
「そのことじゃ。その使い道が問題なのじゃ。わしの観測によれば、彼等は目下のところ輸送路の建設を完成してはいないようじゃ。輸送路の完成の暁には、それをどんなことのために使うのか、それはわしにも見当がついていない。ただこういうことはいえると思う」といって、そこで轟博士はちょっと深刻な顔をして、「あのような巨大な原動力の集中は、火星のなかでの生活だけに使うものとしては、とても桁はずれに多きすぎるということじゃ。わしの計算によると、火星の生物が一千年かかっても使いきれないほど巨大なる原動力が一瞬間にあの交叉点に集められる仕掛になっている。それを考えると訳はわからないながらも、背中がぞくぞくと寒くなるのじゃ」
 そういった轟博士の顔色は、この暖気のなかに、まるで氷倉から出てきた人のように青ざめた。
 不可解なる謎を秘めた火星の「運河」!
 僕もなんだか博士につられて、背中がひやりとしてきた。「すると先生、火星の生物というのは、わが地球の人類よりはずっと知恵があるのですね」
「もちろんのことじゃ。だからわれわれ地球上の学問は、火星の生物の存在を無視して研究をすすめても無駄じゃ。君の専攻している地震学にも、火星の力を勘定にいれておかないと、とんだまちがった結論を生みだすことになろう」そういって博士は、額のうえににじみでた汗をハンカチーフで拭いながら、「いや、わしは思わず喋りすぎた。もうこのへんで口を噤むことにしよう。いずれ花陵島の観測の結果、こんどこそ人類のびっくりするようなものを見せることができるかもしれない。そのときはまた、興味ある話を君にも聞かせるよ」
 それっきり博士は、もう喋らなくなってしまった。そして博士はお尻の下に敷いていた書類をとりだすと、海の方をむいてしきりに読みだした。
 僕は、せっかくの話相手を失ったので、仕方なしに博士のとなりで、ぎらぎらする海上をながめながら、さっきからの妖《あや》しい火星の秘密を頭のなかで復習を始めた。だがそのうちにいつとなく睡気を催し、うとうとと仮睡《かりね》にはいったのであった。
 どのくらい睡ったのかし
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