底地震に注意せよということであるが、ひょっとすると火星の尖鋭部隊は、ロケットのようなものに乗ってどこかその辺の海底はもぐりこんでいるのではあるまいか。
博士の手記は、まだ続いていた。僕はその先を読もうと、ふたたびページのうえに目をおとした。そのときだった。小屋の入口に、どたどたと跫音が入りみだれて近づいた。がちゃがちゃと鍵をまわす音がする。さあたいへん、博士が帰ってきたらしい。
僕はびっくりして手帖を閉じた。扉の開く音がする。もうこれまでと思った僕は、手帖を例の鞄の中に入れるなり、鞄を小脇にかかえたまま、いそいで室外に出た。そしてまだ明けっぱなしの窓から、小屋の外にとびだしたのであった。
博士の部屋に、ぱっと明りがついた。
僕は、すばやく窓下によって、室内をうかがった。そこには轟博士とサチ子の二人の姿があった。サチ子はなぜここへ帰ってきたのであろうか。
そのときいったんついた明りが、また消えてしまった。
「あら、先生。なぜ明りをお消しになりますの」そういったのはサチ子の声だ。彼女の声は明らかに慄えをおびていた。
それに対して、博士らしい声音《こわね》で、何かいうのが聞えたが、いやに皺枯れた声で、何をいっているのか言葉の意味が一向に聞きとれなかった。
そのうちに、室内から絹を裂くような悲鳴が聞えた。
「あれえ、先生。な、なにをなさるんです」
それにつづいて、器物のこわれる音。はげしい格闘がはじまった。
僕はもう夢中だった。小屋の入口からとびこむと、博士の部屋にかけつけた。
「あれえ、人殺し。助けてえ、あれえ、大隅さん」
サチ子は魂切るような悲鳴をあげている。
僕は扉を蹴破った。そして電燈のスイッチをひねった。室内はぱっと明るくなった。
「博士、恥をお知りなさい」サチ子を部屋の隅におしつけている博士の背中に、僕は力一ぱい叫んだ。
博士は、ぎょっとしてこちらを向いた。そして獣のように吠えた。
博士はサチ子を放してこっちへ向きなおった。同時に、花罎が僕の方へとんできた。ラジオ受信機がふってきた。大きなテーブルがぶーんととんできた。それがすむと、何十貫もあるモートルが木箱かなんぞのように楽々ととんできた。
僕はあっと叫んで体をかわした。めりめりとはげしい音がして、モートルが壁をぶちぬいた。おそろしい怪力である。これが六十老人の持つ腕力であろうかと僕は胆を潰した。
恐ろしい予感
博士は、仕損じたりと思ったのか、こんどは望遠鏡の鉄製の架台《かけだい》を手にもって、ぶんぶんふりまわしながら僕に迫ってきた。
「あっ、あぶない」
もうこれまでだと、僕は思った。この怪力におい迫られては、こっちの生命がない。僕はいつの間にか右手に、鞄の中にあった博士のピストルを握りしめていた。僕は、とうとう引金をひいた。轟然と銃声一発! 博士の身体がふらりと横に傾くと、その場にどーんと仆れてしまった。
「大隅さん、よく来てくだすったのね」
サチ子がとびついてきた。僕は息が切れて口もきけない。
「もうすこしのところで、博士に締め殺されるところでしたわ」
「ぼ、僕は、博士を撃ってしまった!」
「いいわ。だって正当防衛ですもの」
僕は博士の仆れているそばへよって、ひざまずいた。博士の身体をゆすぶったが、博士は、人形のように伸びたきりだ。胸許にぽつんと弾丸の入った穴があいている。博士は死んでしまったのだ。
「僕は、博士を殺してしまった」
「ほんとに死んでしまったのかしら」
「胸を撃ちぬいたのですから、もう駄目でしょう」
そういって僕はうなだれた。
「あら、大隅さん。博士の胸がひっこんできますわ。なぜでしょうか」
「えっ、博士の胸が――」僕はおどろいて、博士の胸をみた。なるほど博士の白いチョッキがすこしずつ下にさがってゆく。僕はへんなことだとおもいながら、博士の胸をおさえてみた。すると、思いがけなく、博士の弾丸傷のところから、草色のどろどろした粘液がぴゅうととびだしてきた。僕たちはあっといって、博士のそばからとびのいた。
「へんなことがあるものですね」
「どうしたのでしょう。もっとよく調べてごらんなすったら」
僕はサチ子にいわれて、こんどは落ちついて、博士の死骸をふたたび検査した。僕は博士のチョッキを脱がせた。すると、本当とは信じられないほどの不思議なことを発見した。チョッキの下から現われた博士の身体は、硬い金属のようなものを昆虫の腹部のように重ねあわしてつくってあって、ピストルの弾丸が、あたりの継ぎ目を滅茶々々にこわしてあった。その下には、例の草色の粘液がじくじくと泡をふいていた。
「これはおどろいた。博士は人間じゃなかったんですよ」
「まあ。どうしたってわけでしょうね」サチ子は真ッ青になって、僕にすがりついた。このとき
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