に。うちの先生にもおっしゃらないでね」
「ええ、いいませんとも、あなたがいうなとおっしゃるのならね。一体どうしたというのです」
 サチ子は、しはらく黙ったまま、砂地を歩いていたが、急に僕の腰にすがりついて、
「死骸が埋まっているところを見たのよ、大隅さん」
「なんです、死骸ですか」
 僕は、ぎょっとした。しかしそのときの戦慄は、まだなにほどでもなかった。
「そして、その死骸は、どこに埋まっているんですか」
「あたしの泊っている小屋の、すぐうしろの砂原の中よ、椰子の木が三本、かたまって生えているところの根元なのよ」
「どうしたのかな。そこが塚かなんかで、土地の人が死人を埋葬したんじゃないですか」
「いえ、いえ、ちがうわ」とサチ子は、いよいよ僕の腕をかかえこみながら、「大隈さん、その死骸というのは、解剖したように、手だの足だのがバラバラになっているのよ」
「えっ、バラバラ死体ですか」
 僕は、呼吸が停るほどおどろいた。
「そうよ、バラバラ死体なのよ。あたし、いやだわ。どうしましょう」
「どうするって――」僕にもどうしてよいかわからない。誰がそんなところにバラバラ死体を埋めたのか。
「あなたは、どうしてそれを先生に報告しないのですか。先生が調査して、片づけてくださるでしょうに」
「それがねえ、大隅さん」と彼女はたいへん困ったような態度で、「先生のご様子が、ちかごろなんとなくへんなのよ。だからあたし、そんなこと申し上げられやしないわ」
「ええっ、轟博士がへんなのですか。どうへんです」
 と、聞きかえしたが、そのとき僕の脳裏に電光のようにひらめいたものがあった。それはいつぞや甲板上でみた博士所持のピストルのことだった。轟博士は、あの兇器で、誰かを殺《あや》めたのではなかろうか? 絶海の孤島上の殺人の動機は? それとも、それは僕のあまりに過ぎたる思い過ぎであろうか。

     食人鬼

 サチ子の話によると、二、三日来、あの落ちついた轟博士がなんとなくきょときょとしているそうである。そして急に物わすれをするようになった。気にしてみると、妙に舌がもつれたり、また時には、じつに不可解な目つきでサチ子をじっとみつめたりするそうである。
 そういう話を聞いていると、轟博士に対する殺人の嫌疑がますます濃くなってくる。
「ねえサチ子さん。誰が殺されたんだか、それがわかりませんか」
「さあ」といって彼女は頭をふりながら、「あたし、死骸を一目みてびっくりしたものですから、そのままそこをはなれてしまったんですの。誰の死骸だか、そんなこと、わかりませんわ」
「ふーん」と僕は探偵きどりで呻った。そして本気でもって、これまで愛読したシャーロック・ホームズ探偵の活躍する小説の一つ一つを思いだして、その中からこの場の参考になるものはないかと首をひねった。
 やがて僕は、サチ子をひきよせて訊いた。
「あのね、誰かちかごろ行方不明になった者はありませんか」
「行方不明になったものですか。さあ、そういうものは――」
 とまで彼女はいったが、何に愕いたかそこで急にサチ子は、あっと叫んで、両眼を皿のようにひろげた。
「どうしました。サチ子さん。わかったら、いってください」
「ああ、どうしましょう」と、彼女は僕の胸にとりすがって喚《わめ》く。「マリアです、マリアが今日はどこへいったか姿を見せません。ああマリア。あの娘《こ》の死骸だったんです」
「マリアって、誰です」
「先生とあたしの身のまわりを世話している下婢の土人娘です。ああどうしましょう。あんな温和《おとな》しいいい娘《こ》が殺されるなんて、誰が殺したんでしょうか。あたしは、殺人者が死刑になっても許してやれないわ」
 サチ子はマリアが殺されたものと信じきっている様子だ。
 僕は愕きを一生けんめいにおさえつけつつ、胸の中に公式を組立てようとあせった。――轟博士がピストルで下婢マリアを射殺して、死骸をバラバラにしで裏に埋めた。はたしてそんなことがあり得るであろうか。その殺害の動機はどうであろうか。あの温和な博士が、殺人の罪を犯すとは、どうしてもうけとれない。あるいはそこには想像をゆるさないような意外な動機が秘められているかもしれないが、目下のところ、まだいっこうに分っていない。
 後で考えると、このとき僕はまっすぐに死骸埋没の現場へいって、はたして何人が殺害されたのか調査をするのが一番よかったように思う。ところが僕はそこに気づかないで、博士の部屋を調べてみようと決心した。それは、轟博士が鞄のなかにしまいこんだピストルを探しだしたいためだった。もし博士が殺人をやったのなら、ピストルの弾丸《たま》が減っているとか、銃口のなかが煙硝でよごれているとか、なにかの証拠がのこっていることと思ったからである。
 サチ子に、博士が小屋にいる
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