ろ訊き落としています。なぜ名探偵をして、かの如く気を顛倒《てんとう》せしめたか。その答は一つ。老探偵――いや名探偵は恋をせり、あの女に惚れたからだと……」
「というのが君の推理か。ふふん。で、私がいかなる重大事項を訊き落としたというのかね」
「たとえば、ええと……あの婦人がなぜその男を恐れているのか、その根拠をはっきりついていませんね」
「恐怖の理由は、あのひとがはっきり説明して行った。その男の顔がたいへん恐ろしいんだそうな。それがいつもあのひとをつけねらっていると思っている。それだけの理由だ」
「それはあまりに簡単すぎやしませんか。恐怖の理由をもっと深く問《と》い糺《ただ》すべきでしたね。真の原因は、もっともっと深いところにあると思う」
「君はわざわざ問題を複雑化深刻化しようとしている。それはよくないね。物事は素直に見ないと誤りを生ずる」
「でも、それではおじさまの判定は甘すぎますよ。これはすごい大事件です」
「そうかもしれないが、とにかくあの婦人の立場においては、あれだけのことさ」
「僕は同意が出来ませんね。おじさま。あの婦人が恐怖しているその男はどんな顔の男か。それを訊かなかった
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