らなかったでしょうか。わしも永いこと船乗りだったんですが、わしはあなたさまを何処かでお見受けしたように思いますがな……」
 すると相手は、獣のような叫び声をあげた。そして老探偵をその場へつきたおすと自分は素早くばたばたと逃げ出した。甥の蜂葉が、ピストルを構えた。老探偵が「射つな」と叫んだ。怪漢は、ひどく足をひきながら、蝙蝠《こうもり》が地面を匐《は》うような恰好《かっこう》で逃げていった。そして坂の途中で、アパートとは反対の左側の壁へとびこんでしまった。


   愛の巣訪問


「おじさま。駄目ですね」
 帆村を抱き起して、服についた泥を払ってやりながら、甥っ子は思ったことをいった。
「なにが駄目だい」
「まずいじゃありませんか。いきなりあの男に、谷間シズカさんのことを聞いたりして……。あれじゃ彼は大警戒をしますよ」
「あれでいいんだよ。わしはちゃんと見た。あの男にとっては、谷間シズカなる名前は、さっぱり反応なしだ。意外だったね」
「ははあ、そんなことをね」
 蜂葉青年は、ちょっと耳朶《みみたぶ》を赭《あか》く染めた。
「船乗りだったろうの方は反応大有りさ。そこでわしを突倒して逃げて
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