る瞬間、硬くなったように見えた。しかし彼はすぐ次の問で追いかけた。
「おつれあい様とご一緒におなりになりましたのは何年前でございましたか」
 帆村は、客が案外短い年月をのべるだろうと予期した。
「三ヶ月前でございました」
 ほう、それは予期以上に短い。この二十四五歳になる婦人としては、つれあいを持つには遅すぎる。しかもあの通り麗《うる》わしい女人なのに。
「失礼ながら、たいへん遅く御家庭を作られたものですな。その前に、別の方とご一緒であったことはございませんでしたか」
 女客は明らかに憤《いきどお》りの色を見せ、つんと顔を立てた。
「あたくしのつれあいは碇曳治《いかりえいじ》でございます。桝形《ますがた》探険隊の一員でございますわ。そう申せばお分りでもございましょうが、桝形探険隊は今から六年前の昭和四十六年夏に火星探険に出発しまして、地球を放れていますこと五年あまり、今年の秋に地球へ戻ってまいりました。これだけ申上げれば、あたくしがこんど始めて家庭を持ったことを信じていただけると存じますが、いかがでございましょう。実際あたくしは、あの人と知り合ってから六年間という永い間を孤独のうちに待たされたのでございます」
「イカリ・エイジと仰有いましたね」
 探偵の質問は、燃えあがる女客に注いだ一杯の水であった。だが帆村としては、そんなつもりでしたことではない。桝形探険隊については興味があって、普通人以上の知識を持っていたのであるが、碇曳治なる隊員のあることを知らなかったので、それを尋ねたわけだ。
「ええ、碇曳治ですわ。宇宙の英雄ですわ。あたくしのつれあいは、ロケット流星号が重力平衡圏《ニュウトラル・ゾーン》で危険に瀕《ひん》したとき、進んで艇外へとび出し、すごい作業をやってのけたんでございますのよ。その結果、流星号はやっと危険を脱れて平衡圏を離脱し、この大探険を成功させる基《もと》を作りましたのです」
「なるほど、なるほど。……それでは数日間の余裕を頂きまして、この事件の解決にあたりますでございます。もちろん解決が早ければ、数日後といわず、直ちに御報告に伺います。では、私の方で御尋ねすることは全て終りましてございます。そちらさまからお尋ねがございませんければ、これにて失礼させて頂きとうございます」
「それではここに手つけの小切手と、あたくしの住所氏名を。しかしこの件については
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