が、あたり五メートル四方が満月の下ほどの明るさになる照明灯を点じた。帆村の姿も蜂葉の姿も、光の中にむきだしであった。蜂葉の手に光っているピストルまでが……。
「静かに、静かに。あなたが逃げなければ、ピストルは撃ちません」
老探偵は、圧しつけるような調子で、自分に向い合っている醜怪なる顔の男に呼びかけた。彼は壁の奥に貼りつけられたようになっている。汚い帽子の鍔《つば》の下から、節穴のような両眼を光らせ、歪んだ口を引裂けるほど開いて歯をむき出している……
「木田健一さん。あなたのことはよく知っていますよ。無電局23XSYの技師の草加《そうか》君から、みんな聞きましたよ。あなたの不運と不幸に心から同情します」
老探偵のこの言葉に、その男の醜怪な顔は、奇妙な表情に変った。感情が動いたのである。
「私たちはこれからあなたと御一緒に、この上の家へ参りたいと思います。そして私たちは、徹頭徹尾、あなたの味方として、あなたにお手伝いしたいと思うのです。承知して下さるでしょう」
歪んだ顔の男は、一時|呆然《ぼうぜん》となっていた。だがようやく老探偵のいうことを理解したらしい。
「あなたがた、どういう人です」
かすれた声で、怪人はたずねた。
帆村は正直に名乗った。
怪人は、帆村たちが警察の命令を受けて彼を逮捕に来ているのでないことをいくども確めた後、始めて同行を承諾した。
「しかし相手に会っても、あなたの恨みを述べるだけになさい。暴力をふるうことはよくありません。それはあなたがその筋の同情を失うことにもなりましょうから」
老探偵は、小さい子供にいってきかせるように言った。
三人は歩き出した。
だが蜂葉は気が気でなかった。
「おじさま、いいんですか。もし万一のことがあったなら……」
彼は低声で伯父に注意した。この怪人を谷間シズカ夫人に会わせたとき、怪人はかっとなって夫人の頸を締めるようなことはないであろうか。もしそんなときには、帆村は事件依頼人に対してどういって申訳をするのだろう。
だが、帆村は、心配しなくていいという意味の合図を甥に示しただけで、歩調を緩めようともしなかった。大した自信だ。
三人が、アパートの入口へ続いた通路へ二足三足、足を踏み入れたとき、突如として奥から銃声が響いた。十数発の乱れ撃ちの銃声だった。
「しまったッ」
老探偵はその場に強直して、舌打
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