沈没男
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)乗艦《じょうかん》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)海軍|根拠地《こんきょち》
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(×月×日、スカパフロー発)
余は本日正午、無事ロイヤル・オーク号に乗艦《じょうかん》せるをもって、御安心あれ。
余は、どうせ乗艦するなら、いきのいい海戦《かいせん》を見物したいものと思い、英国海軍省に対し、ドーヴァ、ダンジネル、ハリッチの三根拠地のいずれかにて、英艦《えいかん》に乗込みたき旨《むね》要請《ようせい》したのであるが、それは彼の容《い》れるところとならず、わざわざ北方スコットランドのそのまた極北《きょくほく》のはなれ小島であるオークニー群島《ぐんとう》へ送りこまれたのは、甚《はなは》だ心外《しんがい》であった。このスカパフロー湾は、相手国たる独国の海軍|根拠地《こんきょち》ウィルヘルムスハーフェンを去ること実に五百六十|哩《マイル》の遠隔《えんかく》の地にあり、独国軍艦にお目にかかるのには、外野席以上の遠方《えんぽう》の地点で、これほど縁どおいところはない。
余は、いささか憤慨《ふんがい》して、軍港副官《ぐんこうふくかん》にどなり込んだのであるが、彼はむしろ意外だという顔つきで、余のためにこれほど、生命の危険なき安全なる軍港をえらび与《あた》えたのに、なにが気に入らぬかといい、四分の一世紀前の第一次欧州大戦のとき、ここが如何に安全であったかという歴史について、諄々《じゅんじゅん》説明があった。あのときには、しばしば英国全艦隊がこの港内に集結して鋭気を養っていたそうで、すでに試験ずみの安全港であるそうな。
余が乗艦したロイヤル・オーク号は、現在このスカパフロー碇泊中《ていはくちゅう》の軍艦中で一番でかい軍艦であって、二万九千百五十トンの主力艦であり、速力は二十二ノット、主砲としては十五|吋《インチ》砲を八門、副砲六吋十二門、高角砲《こうかくほう》四吋八門、魚雷発射管《ぎょらいはっしゃかん》は二十一吋四門という聞くからに頼母《たのも》しい性能と装備とを有して居り、ことに高角砲分隊の技術については、英海軍中第一の射撃命中賞を有しているとかの噂も聞いて居り、さてさて素晴らしい軍艦に乗せてもらったものだと喜んでいる次第である。現に只今も、独機八機現わるという想定のもとに、どすんどすんと空砲をはなって、猛練習であるが、その凄《すさまじ》い砲声を原稿に托《たく》して送れないのが甚だ残念だ。これより余は艦長にインタビューすることになっているので、ロイヤル・オーク号乗艦第一報をこれにて終る。
(×月×日、スカパフロー発)
余は今、純毛《じゅんもう》純綿《じゅんめん》のベッドに横《よこた》わりながら、昨日に引続き、スカパフロー発の第二報の原稿を書いているところである。寝ていては、報告が書きにくいので、起きようかと思うが、すぐサラ・ベルナールのような顔した看護婦が来て、上から押さえるので、やりきれない。もっとも余は、すっかり風邪《かぜ》をひいて、かくの如く純毛純綿の中にくるまって宝石のような暮しをして居れど、頭はビンビン、涙と洟《はな》とが一緒に出るし、悪寒《おかん》発熱《はつねつ》でガタガタふるえている始末《しまつ》、お察《さっ》しあれ――といったのでは、よく分らないかもしれないが、早くいえば、余は只今、ロイヤル・オーク号上に居るのではなく、スカパフロー軍港附属の地下病院の一室に横わっているのである。
余は、乗艦後二十四時間もたたないのに、こんな病院に横わろうとは、夢にも思わなかった。これは決して、余が小胆《しょうたん》のあまり自ら進んでロイヤル・オーク号から降りたわけではなく、只今では、生きている人間は、全部|該艦《がいかん》から締め出しを食っているのだから誤解のないように。だから、余も亦《また》こうして生きている限り、あの艦には乗れないのである。余は、無理やりに退艦《たいかん》させられしまった。しかも一時間十五分というものを、夜の北海《ほっかい》の、あの冷い潮《しお》に浸《ひた》っていたのであるから、まことに御念の入ったことであった――という訳は、わがロイヤル・オーク号は、昨夜、スカパフロー港の底に沈んで了《しま》ったのである。
余は、なんにも覚えていない。あのとき夜の甲板《かんぱん》へ、新鮮なる空気を吸いに出たことまでは覚えているが、あとは知らない。そうそう、大爆発があったことは知っている。とたんに、艦《ふね》は大震動《だいしんどう》したっけ。甲板を走っていく水兵が、「独軍の飛行機の空襲だ。爆弾が命中したぞ」と叫んでいたことを、今思い出した。しかしプロペラの音は全然しなかったのである。仍《よ》って案ずるに、独軍では、無音《むお
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