ん》飛行機を使っているか、乃至《ないし》はグライダーをもって、わがロイヤル・オーク号を空爆《くうばく》したものにちがいない。
(×月×日、照国丸《てるくにまる》より)
 余は、ロイヤル・オーク号事件にて少々健康を痛めたのを口実に、英国を去り、仏国へ行っていた。これは、ちょっと英国という国が、癪《しゃく》にさわったのにも原因する。しかし個人の鬱憤《うっぷん》のため、一時にもせよ、原稿のネタを仕入れるべき地元《じもと》英国を去ったことは、甚《はなは》だよくなかったと気がついたので、遂《つい》に再び英国入りを決し、幸《さいわ》い照国丸がロンドンへ向うことがわかったので、船室のないのを承知のうえで、無理やりに頼みこんで、ようやく同船の特三等船客となることができた。
 只今は、朝食を終ったばかりであるが、船は今、ドーヴァを左に見て、いよいよこれよりテームズ河口へ入ろうとしているところだ。附近は、独国海軍の侵入《しんにゅう》を喰い止めるために、到《いた》るところに機雷原《きらいげん》が敷《し》かれてあるので、かなり面倒なコースをとらなければならない。しかし安心なことには、英国海軍当局は、わざわざパイロットを、わが照国丸に配置してくれたので、もう心配はない。さっきは、船橋《せんきょう》に、このパイロットが松倉《まつくら》船長と肩をならべて、なにやら海上を指しているのを見た。軍人あがりとかいう噂だが、なかなか逞《たくま》しい面構《つらがま》えのパイロットで見るからに頼母《たのも》しく感じた。
 この調子では、夕方までには、ロンドンに入港することが出来る筈である。
 前方にハリッチ市が見えてきた。あれこそ、余が最初、派遣《はけん》を願い出でたるハリッチ海軍根拠地のあるところであった。わが照国丸は、ドーヴァを越えてすぐ左折し、テームズ河へ入るものと思いの外《ほか》、そんな様子も見せないで、ずんずん真直《まっすぐ》に進行している。やがて、これではハリッチの海岸にのりあげそうである。なんだか、余の気が、船をハリッチの方へ持っていくように感ぜられて愉快である。
 さっきは、同室内に乗合わせているノールウェー船(シンガポール沖で撃沈《げきちん》された船)の乗組員にインタビューし、その神秘《しんぴ》な遭難《そうなん》談を原稿にとった。いずれ明日までに整理のうえ、送稿する。
 今、甲板《かんぱん》で、さわいでいる。なにごとかと聞いたところ、オランダの汽船が、機雷《きらい》にやられて沈んでいるのが見えるそうである。水面から二本の煙筒《えんとつ》を出してるのが見えるという話だ。遭難船なんてめずらしい観物《みもの》だ。これから甲板へ駈け上って、写真にうつして置こうと思う。だから原稿は、一先《ひとま》ずここにて切る。
(×月×日、ハリッチ発)
 ハリッチ発などと書くと、余が、とうとう初一念《しょいちねん》を貫《つらぬ》いて、ロンドン上陸後、このハリッチへ来たように邪推《じゃすい》するであろう。しかし、事実は、大ちがいだ。
 前報を打電《だでん》して、それから一時間たつかたたないうちに、わが照国丸は、沈没してしまったよ。どういうわけか、余の乗った艦船《かんせん》は、いいあわせたように、あっけなく沈没してしまうのである。縁起《えんぎ》でもない沈没男《ちんぼつおとこ》だ。
 しかし今度は、海水の中に漬《つ》けられないで助かったよ。さすがは、やはり祖国日本の汽船の有難さだ。船長以下船員たちが、避難作業のときの、あの沈勇なる行動は、どんなに激賞《げきしょう》しても、ほめすぎるということはあるまい。
 余は、それを悉《ことごと》く映画におさめたので、本日、なんかの便《びん》を得て、そちらへ送ろうと思う。原稿の方はすぐ続いて打電するつもりだ。只今、炊《た》き出しを呉れるというから、これで一応報告を切る。こちらの炊《た》き出しは豪勢《ごうせい》だ。七面鳥のサンドウィッチに、ウィスキーの角壜《かくびん》、煙草はMCCだ。
(×月×日、グラーフ・シュペー号にて)
 しばらく通信を怠《おこた》っていたが、余は三たび艦船をかえ、今は独国|豆戦艦《まめせんかん》グラーフ・シュペー号上で、安泰《あんたい》に暮している。余が、何処より、本艦に乗込んだか、それは語ることを許されない。しかし諸君が、北海《ほっかい》の地図をひき、ユトランド諸島のあたりを子細《しさい》に検討するなら、そこに或る暗示を得るだろう。
 本艦の位置も、これまた遺憾《いかん》ながら、語る自由を持たない。ただこういうことだけは言ってもいいだろう。それは毎夜の如く南十字星《みなみじゅうじせい》が、美しく頭上に輝いている事だ。但し、プラネタリゥム館へ入っている訳ではない。
 シュペー号では、ラングスドルフ艦長以下が、余を親切に扱って
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