であるから、それを見てもX号がよほど困ったことが分かる。
「わしは、いやだ」
やつれはてた博士は、頑強にこばんだ。
X号は博士を一撃《いちげき》のもとにたたき殺そうとして拳《こぶし》をふりあげた。が、そのときひどい神経痛《しんけいつう》のようなものがX号の右半身に起こったので、腕がしびれて動かなくなった。
博士は、あぶないところで、難《なん》をまぬかれた。
神経痛がおさまるころには、X号は気もしずまって、別のことを考えだした。
「そうだ。博士の知識を脳波受信機《のうはじゅしんき》で引きぬいてやろう」
脳波受信機というのは、人間の頭の中にあることを知る機械だ。これも谷博士が完成して地階の器械置場《きかいおきば》に備えつけてある。
この器械の原理は、人間の脳髄が考えごとをはじめると、脳波と名づける一種の電波が出てくるから、それを受信するのである。受信した脳波は増幅《ぞうふく》して別の人間の脳髄の中に入れる。するとはじめの人間が考えていることが、第二の人間の脳髄に反映して分かるのである。その反映したことがらを第二の人間にしゃべらせることもできるし、書きとらせることもできる。
X号は、これを使うことを決心したのであった。ただし、これをするには、一人の人間がいる。生きた人間を見つけてこなくてはならない。それをどうするか。
X号は、そこでちょっと行きづまって、椅子《いす》を立ちあがると窓のところへ行った。
窓から外を見ると、研究所の塀《へい》のかげにひとりの怪しい男が身をひそめて、しきりにこっちをうかがっているのを発見した。それは今回の事件のために命令をうけて、この研究所を監視している山形《やまがた》警部の私服姿《しふくすがた》であった。
「あの男を連れてこよう。すぐ手近に見つかったのは、ありがたい」
X号は、機械人間たちを呼びだして、山形警部|逮捕《たいほ》の命令を出した。
警部は、かんたんに逮捕せられた。機械人間の大力と快速にあってはかなわない。
神を恐れぬ者
山形警部は、失心状態《しっしんじょうたい》になったままX号の前へ連れてこられた。
X号は警部を生きかえらせた。
警部はわれにかえった。そして目の前に怪しい人物を見たので、
「あっ、君はだれか」
と、叫んだ。
「わしか。わしは君が探している者だよ」
X号は、顔をぬっと前につきだした。彼の頭部にある手術のあとのみにくい縫目《ぬいめ》が、警部をふるえあがらせた。
「ややッ、君は死刑囚の火辻軍平だな」
「正確にいうと、それはちがうんだがね」
と、X号はつい興《きょう》に乗ってからかい半分、そういった。
「火辻のからだを借りている者さ。よくおぼえておくがいい。わしはX号だよ。谷博士がわしを作ったのだ。超人間のX号さ。うわははは」
「ええッ、X号は君か」
「おどろいたか。よく顔を見て、おぼえておくがいい」
「うぬ。そのうちにきっと君を捕縛《ほばく》してみせるぞ」
「それは成功しないから、よしたがいい。とにかく、それでは早く仕事にかかろう。君とはもう口をきかないことにする」
「早く、私のからだを自由にせよ。君には、私を捕《と》らえる権限《けんげん》がないじゃないか」
「そのうちに、君を自由にしてやるよ。当分《とうぶん》ここにいて、わしの仕事に協力してもらうのだ」
「いやだ。X号の仕事のお手つだいをさせられてたまるものか」
「吠《ほ》えるのはよしたほうがいいよ。わしは、だれがなんといおうと、計画したことはやりとげるのだ」
X号は、それからのちは山形警部の怒号《どごう》にはとりあわなかった。彼は仕事にかかった。彼は、機械人間に命じて、山形警部をおさえつけ、その頭に脳波受信機《のうはじゅしんき》の出力回路《しゅつりょくかいろ》を装置してある冠《かんむり》をかぶせた。そして警部を大きな脳波受信機の函《はこ》の中へ押しこんで、ぱたんと蓋《ふた》をした。警部は冠をかぶせられたときから後は、別人のようにおとなしくなってしまった。それは彼が麻痺状態《まひじょうたい》に陥《おちい》ったがためであった。彼は、もう自分で考えることもしゃべることもできず、一個の機械とかわらぬ生体《せいたい》となってしまったのである。
「よしよし、それでその方はよし。こんどは博士の方にかかろう。ちょっと手ごわいかもしれないが、なあに、やっつけてしまうぞ」
X号は、機械人間に命じて、谷博士をこの実験室に引っぱって来させた。博士は、目は見えないながら、危険を感じて、しきりに抵抗した。しかし、やつれきった博士が、機械人間に勝つはずはない。ついに博士はX号が持ちだした椅子にしばりつけられ、そして脳波受信機の収波冠《しゅうはかん》を頭にしっかりと鉢巻《はちま》きのようにかぶせられた。博士はそれをふり落とそうと、しきりに頭を振ったが、それは空《むな》しい努力であった。収波をあつめる収波冠は、博士の頭部にくいついたように、しっかり取りついていて、はなれなかった。
それからX号は、みずから長い電線を引っぱり収波受信機の接続を一つ一つ仕上げていった。
「これでいい。これでわしの知りたいことは、みんな分かるのだ。さあ、それでは谷博士に質問をはじめるかな」
そこでX号は、谷博士に質問をはじめた。
「こういう問題がある。この研究所の機械を使い、谷博士の研究ノートの示すとおりにして、人造人間を作りあげた。ところがその人間は眠ったようになって、目がさめないのだ、どこに欠点があるか、それを考えなさい」
と、X号は椅子にしばりつけた谷博士に向かってたずねた。
すると谷博士は、口をかたく結んで、それは絶対に答えないぞという態度《たいど》を示した。しかるに、そのとき、山形警部の押しこめられている函の、上部についている高声器から、はっきりした声がとびだした。
「それには二つの欠陥《けっかん》がある。一つは、研究ノートにまだくわしく書きいれてないが、その人造人間に高圧電気で電撃《でんげき》をあたえることが必要なのだ。それがために、この研究所には百万ボルトの高圧変圧器《こうあつへんあつき》があるが、百万ボルトでは十分効果をあげない場合がある。もっともいい方法は、落雷《らくらい》の高圧電気を利用することだ。しかしいつでも雷雲《らいうん》が近くにあるわけではないから、おいそれとすぐにはまにあわない場合がある。もう一つの欠点は、人造人間の脳髄を作る研究がなかなかむずかしいことだ。百個作っても五個しか成功しない。だからむしろほんとうの人間の脳髄を移植《いしょく》する方がらくである。おそらくこんど造った人造人間の脳も失敗作なのであろう」
谷博士の頭の中に浮かんだ考えが、そのまま山形警部の声になって、部屋中にひびきわたった。
X号はよろこんだ。谷博士は、くやしがって歯がみをし、身もだえして、椅子をがたがたいわせた。
そんなことで、X号は手をひかえるようなことはなかった。つぎの質問に移っていった。
すると博士の頭の中に浮かんだ回答が、山形警部の声で出て来た。こんなことを繰《く》りかえしたものだから、博士はついに悶絶《もんぜつ》してしまった。
「ははは、弱いやつだ」
X号は笑って、脳波受信の実験を一時中止することにした。
しかしさしあたり、彼が知りたいと思っていたことは、知ることができたので、こんどは、例の死んだようになっている人造人体を生かす実験にとりかかった。
彼は男性人造人間の頭蓋《ずがい》をひらいて、その中につめてあった人造脳髄を切開《せっかい》して取りだした。
「きれいなんだが、やっぱりこれではだめなのか」
彼は、それをガラス器に入れて、棚《たな》の上においた。
それから彼は、函の中から山形警部を引っぱりだすと、まるで魚を料理するように警部の頭蓋をひらいてその脳髄を取りだし、急いでそれを人造人間の頭の中に押しこんだ。そして手ぎわよく頭蓋を縫《ぬ》ってしまった。このへんの手術の手ぎわはじつにみごとなものだ。
「それから高圧電気で、電撃を加えるのだ」
山形警部の脳を移植した人造人間のからだは電圧電気室にはこび入れられた。
百万ボルトの高圧変圧器のスイッチは入れられ、おそろしい火花が飛んだ。
電撃が、人造人間の上に加えられたが、その結果は失敗だった。どういうわけか、その途中で、人造人間のからだが、ぷすぷす燃えだした。強い電流が、人造人間のからだの一部に流れたためであった。
「これはいけない。困ったぞ、困ったぞ。どうすればいいか」
X号は、しばらくうなっていたが、そのうちに心がきまった。彼は、一部分黒々と焼けた男性の人造人体を電撃台から引きおろすと、電気メスを手にとって頭蓋をひらき、さっき移植した山形警部の脳髄を取りだした。そしてそれを持って、大急ぎで、もう一つの女体の人造人間のところへ走った。
彼は、非常な速さでもって、今引っぱりだして来た警部の脳髄を女体の人造人間の頭蓋の中へ移植した。そしてほっと一息ついた。
「こんどは、うまくやりたいものだ」
ふたたび電撃が行われた。
そのあいだ、さすがのX号も、深刻《しんこく》な顔つきになって今にも脳貧血《のうひんけつ》を起こしそうになった。が、こんどは、女体からは黒い煙もあがらず、その電撃操作《でんげきそうさ》は成功し、女体はかすかに目をひらいて、台の上で動きはじめた。
「しめた。こんどは成功したらしい」
X号は、大よろこびで、スイッチをひらくと、電撃台にとびついて、生《せい》を得た女体人造人間を抱きおろした。
「よう、みごとだ、みごとだ。もしもしお嬢さん。わしの話が分かるでしょう」
「なにが、お嬢さんだ。私は山形警部だ」
と、その女体の人造人間は怒ったような口調《くちょう》で答えた。
娘と警部
さすがの超人間X号も、その日はすっかりくたびれてしまい、ベッドにもぐりこむと、正体もなく深いねむりに落ちこんだ。
彼は、すこしの心配もなくねむった。というのは、この秘密の最地階のことは外部には知られていないし、またこの最地階からそとへ出ていく出入り口は、彼がしっかり錠《じょう》をおろし、その鍵《かぎ》はだれも気のつかない薬品戸棚《やくひんとだな》の裏にうちつけてある釘《くぎ》へひっかけてあるので、何者もこの最地階から外へ出られないと信じていた。
ところが、その翌朝七時に彼が目をさましてみると、その秘密の出入り口があいているので、びっくりした。錠は、内がわから鍵がさしこまれたまま、みごとにひらかれてあった。
「しまった。何者のしわざか」
X号は、おどろくやら、腹をたてるやらで、そこにふたたび錠をかけると、急いで引きかえした。
彼は、実験室の戸をおして、中へはいった。
「おお、谷博士は、ちゃんといるぞ」
谷博士は、椅子にしばりつけられたまま、首をがっくり前にたれていた。死んでいるようでもあり、まだ死んではいないようでもあった。とにかく博士がそこに残っているので、X号はまず安心した。
そばによってみると、博士は、心臓が衰弱《すいじゃく》しているようで、脈《みゃく》がわるいが、しかしちゃんと生きていた。X号はよろこんだ。博士はこんこんとねむっているらしい。
もうひとりの人造人間の女の子の姿を、X号は探しまわった。が、これはどの部屋にも見つからなかった。
「ふふん、すると、あの人造人間が、錠をあけで逃げだしたとみえる。はてな、最後にあの人造人間を、どう始末《しまつ》しておいたかしら」
X号は記憶を一生けんめいによびおこしてみた。
「そうだ。あの少女の姿をした人造人間は、男のような声を出して、あばれだしたんだ。それでおれはあの少女をおさえつけ、綱でぐるぐる巻きにして、組立室の起重機《きじゅうき》につるしておいた。たしかにそうだ」
そのような状態では、少女の人造人間は逃げることができないはず。とにかく組立室へ行ってみれば分かると、X号はそちらへ小走りに走っていった。
そこでは、起重機から、だらりと綱がぶらさがっているだ
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