いいえ、あなたではない」
「わしが自分で谷だといっているのに、なにをうたがいますか」
「それなら申しますが、谷博士は、目をわるくして、今も病院で目を繃帯《ほうたい》し、まったくなにも見えないのです。あなたは、谷博士に似ているが、目はよくお見えになるようです。すると、あなたはほんとうの谷博士ではないということになりますねえ」
「あっはっはっは。なにをいうか、君たち。なにも知らないくせに。まあ、こっちへ来たまえ」
「いやです。おい、みんな早く、外へ出よう」
 戸山のことばに、少年たちはすばやく博士ののばす手の下をくぐり、塔から外へとびだした。そして足のつづくかぎりどんどん走って、山をおりた。
 一軒の警官の家の前へ出ると、その中へとびこんだ。
「たいへんです。大事件なんですから。東京の警視庁へ電話をかけてください」
「だめだねえ。この電話は、一週間まえから故障で、どこへも通じないんじゃよ」
「ちぇッ。しょうがないなあ」
 少年たちは、そこをあきらめて、またふもとの方へ走った。そして東京への電話の通ずる家を探したが、なかなか思うようにいかなかった。
 少年たちが目的を達して、警視庁と話のできたのは、その翌朝《よくちょう》のことだった。
「せっかく知らせてくれたが、おしいことに、まにあわなかったねえ」
 と、電話口に出た捜査課長《そうさかちょう》はいった。
「どうしたんですか。まにあわなかったとは」
「というわけは、きのうの真夜中のことだが、雷鳴《らいめい》の最中に柿《かき》ガ岡病院《おかびょういん》に怪人がしのびこんで、谷博士の病室をうちやぶり、博士を連れて、逃げてしまったのだ。追いかけたが、姿を見うしなったそうだ。こっちは、その報告をうけて、すぐに手配をしたが、今もって犯人もつかまらなければ、谷博士も発見されない。困ったことになってしまったよ」
 これを聞いて少年たちは、色を失った。
 博士の保護《ほご》を頼もうとしたのに、それはまにあわず、博士は何者にか連れさられたというのだ、怪また怪。


   怪漢《かいかん》の正体


 盲目の谷博士を、柿ガ岡病院から連れだしたのは、超人間《ちょうにんげん》X号のしわざであった。連れだしたというよりも、X号が谷博士を病院からさらっていったという方が正しいであろう。
 なぜ、そんなことをしたか?
 X号は、自分をまもるために、そうすることが必要だった。つまり戸山君などの五少年のために、にせの谷博士であることを見やぶられてしまった今日《こんにち》、あいかわらず博士が柿ガ岡病院にいたのでは、X号は三角岳研究所で大きな顔をして、もうけ仕事をつづけていられない。
 だから、彼は谷博士をさらって、博士の行方を、わからないようにしてしまったのだ。それが第一段だった。さらった博士は、彼が肩にかついで、三角岳研究所へ連れこんだ。そしてこの研究所の一番下の地階《ちかい》へおしこめてしまった。この地階は、かねて谷博士が、だれにもじゃまをされないように、秘密に作ったもので、実験室も特別にこしらえてあり、居間や寝室《しんしつ》や料理をつくるところや、浴室《よくしつ》なんかも、ちゃんとできていて、この最地階だけでも、不自由なく実験をしたり起きふしができるようになっていた。しかもこの最地階へおりる入口は、極秘《ごくひ》中の極秘になっていて、博士以外の者には分からないはずだった。
 それは、その一階上にある図書室の奥の外国の学術雑誌の合本を入れてある本棚を、開き戸をあけるように前へ引くと、その本棚のうしろは壁をくりぬいてあって、そこには地階へおりる階段が見える、これが秘密通路《ひみつつうろ》だった。
 谷博士だけしか知らないこの秘密通路をX号はちゃんと知っていた。なにしろX号はなかなかするどい観察力を持っていたから、いつのまにか、この秘密通路や、その下にある秘密の部屋部屋を見つけてしまったのであろう。
 X号は博士の世話を、ほかの者にはさせず、みんな自分がした。
 博士は、病院から連れだされるとまもなく、この誘拐者《ゆうかいしゃ》がX号であることを知って、おどろいた。
 博士は、それ以来、X号にさからわないようにつとめた。また、なるべく口をきかないことにきめた。X号は博士がこしらえたものであるから、博士はX号の性格についてよく知っていた。智力《ちりょく》の点ではX号は人間以上である。いわゆる「超人《ちょうじん》」だった。そのかわり、人間らしい愛とか人情にはかけていた。それがおそろしいのである。博士は、X号のために、これからどんな目にあわされるかと、大危険を感じているのだった。
 目の不自由な博士のことであるから、こうしてX号と同居していて、自分の身をまもることに大骨《おおぼね》が折れた。だが忍耐《にんたい》づよい博士は、そのあいだにも、X号が何を考え、何を計画しているか、それを知ろうとして、目が見えないながらも、しょっちゅう気をくばっていた。
 博士は、ある日、この研究所の建物の中で急にさわがしい声がし、多くの足音が入りみだれ、階段をかけあがったり、器物が大きな音をたてて、こわれたりするのを耳にした。
 そのときは、博士のそばにX号がいなかったが、やがてX号は、ぜいぜい息を切って博士のそばへもどってきた。
「ああ、苦しい。せっかく死刑囚のからだを手に入れてこうして使っているが、このからだは悪い病気にかかっていて、心臓も悪いし、腎臓《じんぞう》もいけないし、いろいろ悪いところだらけだ。これじゃあ思うように活動ができやしない。ああ、苦しい」
 X号は腹を立てて、寝椅子《ねいす》の上にころがり、ふうふうぶつぶついうのだった。
 博士は、隅《すみ》っこの破れ椅子に腰をうずめ、息をひそめて、X号のつぶやきに聞き耳をたてている。
「きっとやって来るだろうと思ったが、やっぱりやって来やがった」と、X号はひとりごとをつづける。「このあいだのちんぴら少年どもが、警察に知らしたのにちがいない。あの少年どもはうるさいやつらだ、早くかたづけてしまいたい。おれをにせものだといっぺんで見やぶりやがった」
 X号はぷりぷり怒っている。
 遠くで、自動車のエンジンをかける音がした。つづいて警笛《けいてき》がしきりに鳴る。
「ははあ、とうとう警察のやつらは、捜査をあきらめて引きあげていくな。ばかな連中だ。ここに最地階があるとは知らないで、引きあげていくぞ、もっとも、やつらも手こずったことだろう。ようやく研究所の中へおし入ってみると、いるのは金属で作った機械人間《ロボット》ばかりで、ふつうの人間はひとりもいない。何をきいても、『私は知りません』の返事ばかり。ははは、困ったろう」
 三角岳の研究所に谷博士と名のる、にせ者がいて、怪《あや》しい工場をつくっていることを、五人の少年たちが東京の検察庁へ知らせたので、警官隊がここへ乗りこんできたわけである。ところが、中にはたくさんの機械人間ががんばっていて、警官隊を中に入れまいとした。そこで衝突が起こった。
 だが引きさがるような警官隊ではない。ついに、すきを見つけて、そこからはいってきたのだ。それから家《や》さがしをして、この建物のあらゆるところを調べてまわった。ところが、にせ博士の超人間X号を発見することはできなかった。またその所在もわからなかった。
 ひょっとしたら、誘拐された谷博士がここにいるのではないかと、それも気をつけて調べたのであるが、博士の姿もなかった。
 そして事実は、さっきのX号のひとりごとでお分かりのとおり、X号も博士も最地階にひそんでいたのである。
 警官隊は、小人数の見張《みは》りの者をのこして、あとはみんな、ふもとの町へ引きあげていった。


   X号の新計画《しんけいかく》


「はっはっはっ、みんなあきらめて帰ってしまった。そのうちに、見張りのやつらも引きあげていくだろう」
 X号は、窓から外をのぞいていて、あざ笑った。
 それはいいが、X号の方にも、重大な問題があった。それは、また、いつ警官隊がおしかけてくるかも知れず、うるさくてしようがない。そしてこんな死刑囚|火辻軍平《ひつじぐんぺい》の病気だらけのからだを借りていると、いつ頓死《とんし》するか知れたものではないし、そうかといって、まただれかのからだを手に入れ、その中にはいったとしても、また追いかけられるにきまっている。そこで彼は、そういうことの絶対にないからだを手に入れるとともに、そのからだでいれば世の中へ顔を出しても、絶対に怪しまれず、疑われずにすむものでなくてはならないと考えた。なお、そのうえにお金がどんどんもうかって、思うように仕事ができ、そして不自由のない生活ができることが、必要だ。
 これだけの条件を満足させるには、いったいどうしたらいいだろうか。
 頭脳のいいX号のことだから、半日ばかり考えると、一つの案ができた。
 それはどんなことかというと、人造人間《じんぞうにんげん》をつくることである。
 ここでいう人造人間とは、機械人間のことではない。機械人間は、外がわも、中も主として金属でできているが、人造人間というのは、人造肉、人造骨などを集めて組みあわせ、その上に人造|皮膚《ひふ》をかぶせ、だれが見ても生きているほんものの人間と、すこしもちがわないからだをしているものをいうのだ。
 もちろん、そのからだの中にかくれている内臓《ないぞう》のあるものや、神経系統《しんけいけいとう》のものなどは金属で作ってもいいのだ。外から見て、へんだなと気づかれなければいいのだから。
「よし、それを作ることにしよう」
 なにしろ、この研究所では、谷博士が長年にわたって、人造皮膚や人造肉や人造骨の製作を研究して成功し、それからさらに研究は深くなって人造|細胞《さいぼう》を作りあげた。また、人造神経系統を作ることにも成功した。それからそれらをまとめて人造|脳髄《のうずい》ができたのだ。そして最後に谷博士独特の新製品であるところの、いわゆる「電臓《でんぞう》」が完成されたのだ。そしてX号の正体こそ、その「電臓」にほかならないのである。そういうわけだから、この研究所にある設備を利用すれば、人造人間をこしらえることはそんなにむずかしくないはずである。
 X号はまず手はじめに、試験的に二つの人造人間をこしらえることにした。甲号は男体《だんたい》であり、乙号は女体《にょたい》に作りあげることになった。
 仕事は、さっそくはじめられた。谷博士の研究ノートを見、そして番号をひきあわせてその器械器具を出して動かしてみれば、人造人間製作のやりかたは、だんだん分かって来るのだった。X号はこの仕事にかかるとき、谷博士に手つだえと命令したが、博士は首をふって、頑強《がんきょう》にこばんだ。それでX号はやむなく彼ひとりで仕事をはじめたのであった。
 その仕事は一週間かかった。
 X号としては、ずいぶんの時日がかかったように思ったが、もし人間がすると、それが谷博士であっても、すくなくともその三倍の日数がかかったことであろう。
 とにかく、二体の人造人間ができあがった。いや、できあがったというには、まだ早い。人造人間の形だけができあがったという方が正しいであろう。
 男の方は四十歳ぐらいの、肩はばのひろいりっぱな体格の人間だった。女の方は、十六七歳の少女だった。
 そこまではうまくいったが、その先の仕事にX号は困って、さじをなげだした。すなわち、人造人間は、形だけは本物の人間とちがわないくらいにみごとにできあがったのであるが、それは死んだようになっていて、呼吸もしなければ、目も動かさず、もちろん歩きもしなかった。
「これは困った。その先のことは、谷博士の研究ノートにも、あまりくわしく書いてないんだから、いよいよ困った」
 困ったままで、おいておくことはできない。そこでX号は最地階に監禁してある谷博士の前へやって来て、その問題をくわしく話をし、それから先どうすればよいかについて博士に教えを乞《こ》うた。
 X号の方で頭をさげんばかりにして博士に頼んだの
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